2021.05.14
シリーズ・徒然読書録~馳星周著『少年と犬』『雨降る森の犬』
あれもこれも担当の千葉です。

 

読書は好きで、常時本を持ち歩く癖が付いてしまいましたが、読み方は極めて大雑把、何かしら記憶のどこか、心の片隅にでも蓄積されていれば良いという思いで雑然と読み流しています。暫くするとその内容どころか読んだことさえ忘れてしまうことも。その意味で、読者の皆様には退屈でご迷惑かとも恐縮しつつ、ブログに読書録なるものを記してみるのは自分にとって有益かも知れないと思い、始めてみました。皆様のご寛恕を請うところです。

 

徒然なるままに読み散らす本の中から今回取り上げるのは、馳星周氏の2作です。馳星周氏と言えば、『不夜城』や『夜光虫』などマフィアやヤクザ、不良少年が描かれるハードボイルド・暗黒小説が多いと言われ、これまで読んだことがなかったのですが、昨年7月の直木賞受賞を機に2作品を読んでみました。

 



 

直木賞受賞作『少年と犬』は、主人公の犬・多聞が、5年を掛けて釜石から熊本まで、震災で離れ離れになってしまった元の飼い主の少年・光を探し尋ねるロード・ノベルの体裁を採っています。旅の途中の仙台、新潟、富山、滋賀、島根で、孤独や死の匂いを敏感に嗅ぎ分け、死ぬか人生の坂道を転げ落ちる人間に寄り添っては、束の間の安堵と幸福を与えて行きます。そして辿り着いた熊本では、震災の恐怖から自閉症となっていた光に笑顔と言葉を取り戻させます。しかし多聞と光を熊本地震が襲い、、、。まるで5年後に熊本で光を地震から救うために遥か釜石から熊本まで移動してきた多聞。

 

単行本の帯には『ヒトという愚かな種のために、神が遣わした贈り物』とありますが、まさに犬とは人類の善き伴侶、いやそれを超えて人類に尽くし人類を癒す神々しい伴侶なのだろうと思います。文中にも『犬には人間には及びもつかない不思議な力が備わっているのかもしれない。・・・あんたたちの魔法って、人を笑顔にするだけじゃないんだね。そばにいるだけで、人に勇気と愛をくれるんんだ。』とありました。

 

しかし同じ帯に『傷つき悩む人びとと、彼らに寄り添う犬を描く感涙作!』とありましたが、いったいどこで『感涙???』するのか最後まで分からず仕舞いでした。次の展開が見通せてしまうストーリーで、平易で分り易い文章は逆に言えば平凡な文体です。私は本を読む際には重要だと思ったり素敵だと思った文章に線を引いたりメモに書き写したりしながら読み進めますが、今回は書き写す文章も殆どありませんでした。僭越を承知で書くと、直木賞受賞の理由を探しあぐねながら読み進めた小説でした。

 

 

そんな読後感を妻に話したところ、一作では簡単に判断はできないのではと諭され勧められて読んだのが、『雨降る森の犬』です。



 

直木賞受賞作の『少年と犬』を2年遡る2018年刊行の、やはり犬を主人公に据えた小説です。結論から言うと、遥かに良い印象の読後感を持ちました。読んでみて良かったです。

 

父の死後、若い恋人を追ってニューヨークに行ってしまった母、その兄で山岳写真家の伯父の信州蓼科の家に住むことになった中学生の雨音(あまね)は母親に捨てられたと強く感じていた。隣の別荘に来る別荘族イケメン高校生の正樹も、強権的な父親と継母との関係に問題を抱え悩んでいる。伯父の飼い犬のワルテルは、スイス原産の大型犬、バーニーズ・マウンテン・ドッグ。ワルテルは蓼科の森の中でそんな二人との交流を通して、家族との関係に傷つき悩む二人に家族に代る愛を与え、人間として成長させる。犬と人間の家族のような関係を描いた作品です。

 

『あの森の岩の上に立ち、光芒に手を差し伸べている雨音をワルテルが岩の下から見上げている。森は霧を孕んで白く、しかし暗く、太陽の光が差し込む岩の上だけがほんのり明るい。』

『動物が幸せなのは、今を生きているからだ。不幸な人間が多いのは、過去と未来に囚われて生きているからだ。』

『人間は迷い、惑う。でも、犬は真っ直ぐだ。これが得だとか損だとか、そんなことは思いもしない。純粋に生き、純粋に仲間を愛する。だから、間違わない。』

 

 

実際に著者は軽井沢に暮らしバーニーズ・マウンテン・ドッグを飼っているそうです。どちらの小説も、犬をソウルメイトとして暮らす者でしか書けない小説と感じましたが、犬と人間の関係の深い描写に関しては『雨降る森の犬』に軍配を上げざるを得ません。惜しむらくは直木賞受賞作が短編集の形を採ったためなのだろうと思うことにしました。