2019.12.13
シリーズ・徒然読書録~伊予原新著『月まで三キロ』
あれもこれも担当の千葉です。

 

読書は好きで、常時本を持ち歩く癖が付いてしまいましたが、読み方は極めて

大雑把、何かしら記憶のどこか、心の片隅にでも蓄積されていれば良いという

思いで雑然と読み流しています。暫くするとその内容どころか読んだことさえ

忘れてしまうことも。その意味で、読者の皆様には退屈でご迷惑かとも恐縮し

つつ、ブログに読書録なるものを記してみるのは自分にとって有益かも知れない

と思い、始めてみました。皆様のご寛恕を請うところです。

 

徒然なるままに読み散らす本の中から今回取り上げるのは、伊予原新著『月まで

三キロ』(新潮社刊)です。『折れそうな心に寄り添う六つの物語』という新聞

広告のコピーに惹かれて図書館で借りてみました。前回の読書録と『月』続きです。

 

平坦な文体で、『文章の巧みさ』を感じさせる印象はありませんが、月とか雪と

いったモチーフを上手に活かして短編の中に織り込むという、『構成の巧みさ』

を感じさせる作品群でした。







表題作の『月まで三キロ』は、浜松や天竜・船明(ふなぎら)ダムなど馴染

みの静岡県西部が舞台。主人公は、満月の夜、新幹線も終わった時間にタク

シーに乗り込んだ中年男。自殺のために青木ヶ原の樹海に行けと言う。そん

なことは受けられず運転手は別の自殺に良い場所を案内すると言う。

 

堅実・実直な人生を是とする父に背き反抗し、広告代理店に就職・結婚・独

立と順風満帆に見えた主人公の人生。リーマンショックで行き詰まり、心配

する妻には虚勢を張る小心者。じきに会社を畳み、離婚。借金を抱え再就職

もままならず、実家を頼る。

 

『父の第一声は、『恥ずかしいやつや・・・まったく、うちの恥さらしじゃ』

と続けた。・・・四十四にもなって年金暮らしの両親に頼る自分が、心底情

けなかった。結局のところ、甘ったれた息子のまま、歳だけとっていたとい

うことだ。泣きつく先があったから、覚悟も能力もないくせに、好き勝手が

できたのだ。』

 

母が死に父は呆けて2年ほどの介護・格闘の末、全てを売り払い父を老人ホ

ームに入れる。

 

『不思議なものだ。母を亡くし、父を捨て、家を失うと、自分の存在までもが

半透明になった気がした。・・・希薄な存在のまま、都会の混濁に溶けてしま

いたかった。』

 

『この先にね、月に一番近い場所があるんですよ。』・・・運転手は飛び切り

大きく見える月を目の前にして語り出します。月の自転と公転が同じために月

は地球に同じ顔しか見せない。それまでは全ての顔を見せていたのに、ちょう

ど親には見せない面を持つようになった思春期の子供のように。運転手の息子

さんは飛び降り自殺をしていた。『乗り越えられない悲しみというのが、この

世にはあるんですねぇ。』死のうと思って彷徨い出た時にこの場所に出会い、

満月を見て思い留まったという。

 

 

『月まで三キロ』の意味がこの話の『オチ』になるのですが、それはこの短

編を読むまでのお楽しみに取っておきましょう。

 

 

『そのとき、わかったんです。私は、死ぬまでちゃんと生きて、この場所であ

の子に訊き続けてやらなきゃならない。お前あのとき、どんなことを思ってた

んだって。何が苦しくて、私たちに何が言えなかったんだって。お父さん、お

前にどうしてやればよかったって。』

 

『(痴呆の)父は、もう何も答えてはくれない。でも、焦点の合わないその目

を直接のぞき込むことはできる。耳もとで直接問い質してやることはできる。

息子のことをどう思っていたのかと。息子に本当は何を伝えたかったのかと。

そして、息子のことを愛していたのかと。』