2017.03.17
シリーズ・徒然読書録~上田秀人著『竜は動かず~奥羽列藩同盟顛末 上・下』
あれもこれも担当の千葉です。
読書は好きで、常時本を持ち歩く癖が付いてしまいましたが、読み方は極めて
大雑把、何かしら記憶か心のどこか片隅に蓄積されていれば良いという思いで、
雑然と読み流してしまいます。その意味で、読者の皆様には退屈でご迷惑かと
も恐縮しつつ、ブログに読書録なるものを記してみるのは自分にとって有益か
も知れないと思い、始めてみました。皆様のご寛恕を請うところです。
徒然なるままに読み散らす本の中から今回取り上げるのは、上田秀人著、
『竜は動かず 上・下』講談社刊。副題に『奥羽列藩同盟顛末』とあります。
学問への思いを断ち切れず、妻の死を機に養子先を出奔した伊達・仙台藩の下級武士
玉虫左太夫は、林大学の頭の下男となりその縁から、日米修好通商条約締結のために
ポーハタン号に乗船して世界を一周、見聞を広めました。欧米の進んだ文明力、科学
技術力と日本のそれとの格差、生活の豊かさの格差。アメリカの民主主義の先進性と
矛盾。とりわけ、アフリカやアジアで目の当たりにした欧米の帝国主義・植民地政策
の現実は、玉虫の危機意識を否応なく高め、帰国後仙台藩に復し、風雲急を告げる
京洛での情報収集にあたります。そうして知り得たことは、徳川への恨みに発した
長州の非現実的な攘夷論、風見鶏のように定見のない薩摩の偽善、尊王とは名ばか
りで朝廷をないがしろにする勤皇の志士たち、親藩越前福井の傍観。
『ペリーが来てからわずかに十四年、三百年近く続いた天下が傾いた。「また、
血が流れる」。建武の中興、応仁の乱、関ケ原と天下の主が変わるとき、多くの人
が死んだ。奥州もその倣いから逃げられなかった。坂上田村麻呂による蝦夷征伐、
源頼朝による奥州藤原氏征討、豊臣秀吉による奥州仕置き、どれも凄惨な被害を
もたらした。「どうにかして関東で食い止めねばならぬ。白河の関をこえさせて
はならぬ。」左太夫は真剣な表情で呟いた。』
『わたくしは大義をこの奥州に拡げようと思う。人倫にもとる西国ではなく、奥州
がこれからは武士の中心となるべきじゃ。・・・・偽官軍に天誅を下し、東方より
真の勤王の旗を掲げ、正しき王政復古を行わん』として奥羽列藩同盟は、会津・
米沢を助け、反薩長の狼煙を上げましたが、結末はご存知の通りです。題にある
『竜』とは、奥州の雄、独眼竜正宗の伊達・仙台藩が本気では動かなかった、と
いう意味のようです。
これまで陽の目を見にくい東北や仙台藩を軸にした視点や、今まで脚光を浴びる
ことのなかった主人公を取り上げたことはとても貴重な小説と思いました。が、
同時に、開国時の日米の比較文明論、幕末の武家の堕落や硬直化した社会の描写、
井伊大老の功罪、明治維新の動機などなど、盛りだくさんの要素が詰め込まれて
いますが、それだけにまとまりがなく、特に尻すぼみになってしまった終盤が
残念な作品と感じました。
東北を基点に据えたものとしては、高橋克彦氏の『炎立つ』を思い出しました。
また、原田伊織著『官賊と幕臣たち』、『明治維新という過ち』は、現在の明治
維新の評価が、『勝てば官軍』的に薩長側の論理で書かれた歴史に過ぎないとし
ており、同じ論旨のものだろうと思われます。物事は見る角度で大きく異なるも
のですね。