2014.12.31
シリーズ・徒然読書録~ピート・ハミル著『愛しい女』またはクレオールを知った日
あれもこれも担当の千葉です。
お餅、大掃除、門松、お正月飾り。新しい年を迎える準備があらかた整い、台所では
妻がおせち料理の準備に遅くまで頑張っています。今年も一年、皆様のご愛顧のおか
げさまで、恙なく過ごすことができました。心より感謝申し上げます。今年最後の私の
ブログです、どうぞご笑覧下さい。
読書は好きで、常時本を持ち歩く癖が付いてしまいましたが、読み方は極めて大雑把、
何かしらからだのどこかに蓄積されていれば良いという思いで、雑然と読み流します。
その意味で、読者の皆様には退屈でご迷惑かとも恐縮しつつ、ブログに読書録なる
ものを記してみるのは自分にとって有益かも知れないと思い、始めてみました。皆様
のご寛恕を請うところです。
徒然なるままに読み散らす本の中から気に入った本、今回はピート・ハミル著『愛しい女
(上・下)』(河出書房新社刊)。
1980年代末に出版され、アメリカ駐在中に読んだ本の中で最も印象に残った
小説。黒人少年が白人警察官に射殺されて以来、連日全米各地で黒人差別反対
のデモがニュースで取り上げられたことから、先日ふと思い出して図書館で借り出
して読み返してみました。(私の駐在中のロサンゼルスでも黒人が白人警察官に
暴行を受けた事件に端を発した記録的な大暴動が起こりました。)
1987年、生活に倦んだ52歳。何度かの結婚に失敗し、人生に対する無関心に
棲みつかれた主人公が、34年前の1953年、17歳で故郷ブルックリンを離れ、
フロリダ州ペンサコーラの海軍基地へと旅立った若き日の自分のノートを見つけ、
もう一度南部を訪ねる旅の途上で、自分がまだ別の人間だった頃を回想する物語。
ペンサコーラへのグレイハウンドの中で隣り合わせた、忘れられぬ女性の思い出を
辿る旅。
まだ黒人がニガーと呼ばれていた時代。南部では黒人はグレイハウンドの後部
座席にしか座れなかった時代。黒人が白人の女性を見つめたというだけでリンチ
にあう時代の南部。白人女性と黒人男性が付き合うだけで家が焼かれ殺されて
見せしめに木に吊るされる時代の南部。KKKの跋扈した時代の南部。
南部の強烈な人種差別に社会の矛盾を見て憤る青年、マイケル・デブリン18歳は、
31歳のイーデン・サンタナという辛い過去を背負った年上の美しき女性との目眩く
蜜月の時を享受する。『遅かれ早かれ白人はニガーの臭いを嗅ぎつける。そして
白人たち自身の堕落した罪の代償を黒人に払わせる。それは「一族」が学び取った
こと。』デブリンの友人の黒人男性と白人女性のカップルが正にビリー・ホリデーの
唄う『奇妙な果実』となってしまった晩に、イーデンはデブリンが想像だにしなかった
衝撃の秘密を打ち明けて忽然と姿を消す。
『君のすべきことは、わかっているだろう。君の愛する人を、しっかり自分の手で抱き
しめることだ。どんな手段に訴えてでも、そうしなくちゃいけない。愛を手に入れたら、
それにしがみつくことだ。なぜって、それこそが芸術を芸術たらしめ、人生を人生たら
しめるものだから。』親友マイルズの遺書に何をすべきか気付かされたデブリンは
キャンプを脱走して『愛しい女』を探しに出る。そしてついにイーデンの故郷ニュー
オーリーンズでの邂逅。喪失と別離の予感に圧倒されながらの一晩きりの逢瀬。
あれから34年後の今、あの頃を思い出し、もう一度今は年老いたはずのあの『愛しき
女』を探し求めてペンサコーラからニューオーリーンズへ向かう主人公は、もう老い
ぼれてはいない。
『クレオール』。それまでは、フランスと南部の融合文化としてポジティブなイメージを
抱いていた言葉。ジャン・ド・クルール・リブル(自由な肌の色の種族)、クレオール。
伝説のメトワイエとコインコインの末裔たち。
黒人やアメリカ先住民、中国人や日本人などの黄色人種、中米やカリブ海出身の
ヒスパニックへの差別など、白人の有色人種に対する差別については承知していた
ものの、私にとってはクレオールというもう一つの人種差別問題があることに初めて
気付かされた、美しくも哀しく衝撃的な小説です。ラブ・ロマンスとしても素敵な小説
ですので是非機会があればご一読されてみてはいかがでしょうか。