2020.10.08
シリーズ・徒然読書録~凪良ゆう著『流浪の月』
あれもこれも担当の千葉です。
読書は好きで、常時本を持ち歩く癖が付いてしまいましたが、読み方は極めて大雑把、何かしら記憶のどこか、心の片隅にでも蓄積されていれば良いという思いで雑然と読み流しています。暫くするとその内容どころか読んだことさえ忘れてしまうことも。その意味で、読者の皆様には退屈でご迷惑かとも恐縮しつつ、ブログに読書録なるものを記してみるのは自分にとって有益かも知れないと思い、始めてみました。皆様のご寛恕を請うところです。
徒然なるままに読み散らす本の中から今回取り上げるのは、私にしては少し毛色の異なった作品です。凪良ゆう(なぎらゆう)著『流浪の月』(東京創元社刊)。2020年の本屋大賞の受賞作。新聞広告で知り図書館で借り出して読んでみました。
常識に捕らわれることなく天真爛漫に育ったヒロインの更紗は、小学生の頃に伯母の家に引き取られ、価値観の違いと従兄弟の悪戯に行き場のない悩みを抱え死にたいと思っていた。そんな時公園で出会った父親似の大学生・佐伯文に自分からついて行く。更紗には文が生きる一筋の希望に見えた。
ふた月後に通報され保護されるが、二人には世間の烙印、特にネット上での『デジタル・タトゥー』という消しようのない烙印が押されることになる。本当は大人の性を持ちえない文は、表面的に児童性愛者とのレッテルを貼られてしまう。
15年後に再び巡り合い一緒に暮らし始める二人は、生きるためにお互いを切実に必要としていることを自覚し、二人で静かに生きようとするが、デジタル・タトゥーを背負った二人を世間はどこまでも追いかけ呪縛し続ける。
多作な作家で若い読者を意識してきたためか、語彙・文章は極めて平凡ではありながら、登場人物の感情の起伏を細やかに丁寧に拾って行くところが美点と感じました。また、世間・社会の中で痛みに耐えひっそりと生きて行かざるを得ない弱き者たちへの優しい視線を感じました。
最後に、幾つか心に留まった文章を拾っておきます。
『甘さとしょっぱさのように、怠惰と勤勉は交互に行うのがよい。』
『他人を痛めつけるくせに、自分の痛みにはてんで弱い。』
『白い目というものは、被害者にも向けられるのだと知ったときは愕然とした。いたわりや気配りという善意の形で『傷ものにされたかわいそうな女の子』というスタンプを、わたしの頭から爪先までべたべたと押してくる。みんな、自分を優しいと思っている・・・私に残された手段は、反応しないことだった。哀れみも、善意も、常に静かに微笑んで受け流す。』
『今の時期、何も珍しいことじゃない。人が殺される場面ですら、検索すれば簡単に見ることができる。・・・善良な人たちの好奇心を満たすために、どんな悲劇も骨までしゃぶりつくされる。』
『わたしを知らない人が、わたしの心を勝手に分析し、当て推量をする。そうして当のわたし自身がわたしを疑いだし、少しずつ自分が何者なのかわからなくなっていった。』
『世界はどうしようもないことにあふれているから、理不尽さに憤っても消耗するだけだ。だから深く考えないよう気持ちを薄くしてやり過ごすしかない。』
『つまらない理由だ。けれど、つまらないものの集合体が日常だ。』
『事実と真実の間には、月と地球ほどの隔たりがある。その距離を言葉で埋められる気がしない。・・・ちがう、そうじゃない。わたしは、あなたたちから自由になりたい。中途半端な理解と優しさで、わたしをがんじがらめにする、あなたたちから自由になりたいのだ。』
『不安で醗酵した心の奥底から、気泡のように母親の言葉が浮かび上がってくる。澱んだ水面に浮かび上がり、ぱちんと弾けるたびにその言葉は悪臭を発し、僕は吐き気をこらえなければいけなかった。』
『目に見えなくて、どこにあるかもわからなくて、自分でもどうしようもない場所についた傷の治し方を考えた。まったく傷まない日もあれば、うずくまりたいほど痛む日もある。痛みに振り回されて、うまくいっていたことまで駄目になる。唯一の救いは、そんな人は結構いるということだ。口にも態度にも出さないだけで、吹きさらしのまま雨も日照りも身に受けて、それでもまだしばらくは大丈夫だろうと、確証もなくぼんやりと自分を励まして生きている。そんな人があちこちにひそんでいると思う。』
『ぼくは言葉にならない気持ちに胸を占領された。苦しいほどのそれを逃すために、なにもない宙へと小さく息を吐く。』