2016.07.21
シリーズ・徒然読書録~米澤穂信著『真実の10メートル手前』
あれもこれも担当の千葉です。
読書は好きで、常時本を持ち歩く癖が付いてしまいましたが、読み方は極めて大雑把、
何かしらからだのどこかに蓄積されていれば良いという思いで、雑然と読み流します。
その意味で、読者の皆様には退屈でご迷惑かとも恐縮しつつ、ブログに読書録なる
ものを記してみるのは自分にとって有益かも知れないと思い、始めてみました。皆様
のご寛恕を請うところです。
徒然なるままに読み散らす本の中から気に入った本、今回は米澤穂信著『真実の
10メートル手前』(東京創元社刊)。
著者の米澤氏は、2011年に日本推理作家協会賞、2014年には山本周五郎賞を
受賞。2014年、2015年には三つの年間ミステリ・ランキングで一位となり、史上初の
二年連続三冠を達成した推理小説作家です。普段ならあまり推理小説を読むことのない
私ですが、図書館の新着本の棚で、小説のイカシタ題名と、帯のコピーに惹かれて珍しく
手に取ってみました。
女性ジャーナリスト、大刀洗万智を主人公とした、六篇の連作小編。とても静かで地味な
題材でありながら、被害者や容疑者など、弱き者への優しい視点と、意外な真犯人へ辿り
着く推理や展開の意外性に、とても感心しました。
六篇のうち、本書のために書き下ろした最後の短編『綱渡りの成功例』が一番のお気に入り。
インタビューや調査を通じ真実に行き着き、それを記事にする職業についている主人公は、
自分の使命は何なのか、自分の行動が不用意に他人を傷つけることがないかを常に自問
し続けている。
『(記事がなければ噂が立って誰も反論できない。)記事に書けば、論点は記事を信じるか
どうかという点に移っていく。その論議は生産的なものとは言えないが、一方的な誹謗に
比べれば、ずいぶんマシだ。』
『自分の問いで誰かが苦しまないか、最善を尽くして考えたつもりでも、最期はやっぱり運
としか言えない。わたしはいつも綱渡りをしている。特別なことなんて何もない。単に、今回
は幸運な成功例というだけよ。いつか落ちるでしょう。』・・・・・『大学を卒業してから十年も
記者を続けてきて、全てが上手くいくはずがない。彼女はこれまで幾人も悲しませ、幾人も
憤らせてきたのだろうし、これからも何度も何度も悲鳴と罵声を聞くことになるのだろう。』
六篇の語り手は全て異なり、主人公・大刀洗万智が語り手となっているのは表題作である
先頭の一編のみ。その訳は、あとがきの中に著者自身の以下のような解説があり、興味を
惹かれました。
『大刀洗万智自身を語り手とした小説を書くべきかどうかは、検討を要した。彼女を、読者
に対して内心を明かさない謎めいた人物にすることも魅力的な選択ではあったのだ。しかし、
私は結局その道を選ばないことを決めた。一人称の物語を書けば大刀洗は謎のヴェールを
取り去られ、その器をはかられ、底を知られることになる。それこそが、彼女が生きている
世界だろうと考えたからだ。この選択は「王とサーカス」に引き継がれた。』
読後の後味の良い、品の良い小説だなと感じました。