2021.06.26

今年も初島へ

 

花崎です

 

 

観光のピークに入る前のこの季節、

 

友人のいる初島に行って来ました。

 



 

とれたてのムラサキウニ!

 



 

真イカのお造り

 



 

イナダとイサキのお刺身

 



 

焼きトコブシ

 



 

からのウニ乗せ!

 



 

イセエビのお造り

 



 

オオモンハタのお刺身

 



 

暫く食事を満喫した後に船を出してもらい、

 

魚釣りへ

 



 

友人が釣ったアカハタ

 



 

帰宅してから

 

お土産に頂いたサザエをつぼ焼きに

 



 

 

イナダを塩焼きにして頂きました。

 

 

今回も大満足の初島訪問でした!

 

 

おまけ

 



 

60センチ位のイナダも3本釣れました。

 

(プチ自慢です)
2021.06.21

梅雨と栗の花

あれもこれも担当の千葉です。

 

秋の味覚の代表格である『栗(栗の実、落栗)』は秋(晩秋)の季語ですが、独特の匂いでどこにいても開花が知れる『栗の花』は夏(仲夏)の季語です。そしてこの栗の花は梅雨と密接な関係を持っているようです。

栗の花が散る頃に梅雨入りすることから、栗の花が落ちるさまの『堕栗花』は『ついり』と読み、梅雨入りを指す気象用語として使われているそうです。『栗花落』という名字もあって、『つゆり』と読むのだそうです。

 



今年のわが家の栗の開花は5月の下旬、そして散ったのが6月中旬でしたが、どちらも例年より一週間ほど早かったでしょうか。



 

そして気象庁が発表した今年の東海地方の梅雨入り宣言は、わが家の栗の落花よりもひと月ほど早く5月16日でした。これは平年(6月6日)よりも21日早く、昭和26年に記録をとり始めて以降2番目に早い梅雨入りでした(後に速報値である梅雨入りの日にちは修正されることがあります)。しかし今年は梅雨入りした途端に気温が上がり雨の日が減り、典型的な空梅雨となっていました。ところがわが家の栗が落下したころからようやくお湿りの日が増えはじめ、いよいよ梅雨らしくなるかなと思っていたところに関東地方の梅雨入り宣言。自然の営みの偉大さに感服した次第です。

 

これまでのところ、梅雨らしくない空梅雨が続いていますが、その分いっぺんにドカッと降ることのないように願うばかりです。
2021.06.06

上棟準備中です。

 

こんにちは住まい担当の大木です。

 

写真は静岡県東部で上棟を目前に控え、土台の取付中の現場写真です。

 

 



 

なにげない事ですが建物を周辺の土で汚さないように基礎周辺にシートを敷き

 

基礎にはビニールでの養生を行っています。

 

特に雨の多いこの時期にはこのような気遣いが大事ですね。

 

 
2021.05.30

アユ釣りスタート

 

花崎です

 

 

5月20日、県内河川のトップを切って、

 

興津川でアユ釣りが解禁しました。

 

前評判通り、かなりの好釣果だったようです。

 

私も26日に行ってきました。

 



 



 

今年のアユ釣りはここからスタート!

 



 

綺麗な初アユです!

 



 

釣果は微妙でしたが、

 

今年も無事にアユ釣りがスタートできました。

 

6月5日には地元の狩野川も解禁します。

 

今年は沢山釣りたいなー(^^)

 
2021.05.26

恵まれた散歩コース

 

お久しぶりです。

 

住まい担当の大木です。

 

自分も御多分にもれず年を重ねるにつれて以前よりもかなり早く目覚めるようになりました。

 

低めだった血圧も気が付けば高血圧の一歩手前まで上がってしましましたので

 

朝 調子が良いとき限定でウォーキングを始めました。

 

自分が今住んでいるのが三島市の南部なのですが、歩き出して気が付いたことは

 

このエリアは源平川、大場川、来光川と河川が多く、それぞれの河川が狩野川水系独特の

 

緩やかな蛇行をしながら流れている事です。

 

(当然 どの河川からも景色は最高です。)

 



 

マンネリ化しそうなウォーキングのコースも各河川の河川敷を色々なルートで歩くことで

 

車が乗り込んで来れない快適なコースが複数出来ます。

 

長い間このエリアに住んでいましたが、こんなにウォーキングに最適なエリアだったとは

 

今まで歩かなかった事が少し勿体ない気がしました。

 

 
2021.05.22

耐震補強工事キャンペーン

リフォームの三須です。

 

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2021.05.21

FPオンラインセミナーを開催します!

住まいづくり担当の情野です。

 

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弊社のセミナールームに少数でお集まりいただき、講師の先生は東京からの全国各地へのオンライン講演となります。

初の試みとなりますが、きっと価値のあるセミナーになると思います。

 



 

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2021.05.14

シリーズ・徒然読書録~馳星周著『少年と犬』『雨降る森の犬』

あれもこれも担当の千葉です。

 

読書は好きで、常時本を持ち歩く癖が付いてしまいましたが、読み方は極めて大雑把、何かしら記憶のどこか、心の片隅にでも蓄積されていれば良いという思いで雑然と読み流しています。暫くするとその内容どころか読んだことさえ忘れてしまうことも。その意味で、読者の皆様には退屈でご迷惑かとも恐縮しつつ、ブログに読書録なるものを記してみるのは自分にとって有益かも知れないと思い、始めてみました。皆様のご寛恕を請うところです。

 

徒然なるままに読み散らす本の中から今回取り上げるのは、馳星周氏の2作です。馳星周氏と言えば、『不夜城』や『夜光虫』などマフィアやヤクザ、不良少年が描かれるハードボイルド・暗黒小説が多いと言われ、これまで読んだことがなかったのですが、昨年7月の直木賞受賞を機に2作品を読んでみました。

 



 

直木賞受賞作『少年と犬』は、主人公の犬・多聞が、5年を掛けて釜石から熊本まで、震災で離れ離れになってしまった元の飼い主の少年・光を探し尋ねるロード・ノベルの体裁を採っています。旅の途中の仙台、新潟、富山、滋賀、島根で、孤独や死の匂いを敏感に嗅ぎ分け、死ぬか人生の坂道を転げ落ちる人間に寄り添っては、束の間の安堵と幸福を与えて行きます。そして辿り着いた熊本では、震災の恐怖から自閉症となっていた光に笑顔と言葉を取り戻させます。しかし多聞と光を熊本地震が襲い、、、。まるで5年後に熊本で光を地震から救うために遥か釜石から熊本まで移動してきた多聞。

 

単行本の帯には『ヒトという愚かな種のために、神が遣わした贈り物』とありますが、まさに犬とは人類の善き伴侶、いやそれを超えて人類に尽くし人類を癒す神々しい伴侶なのだろうと思います。文中にも『犬には人間には及びもつかない不思議な力が備わっているのかもしれない。・・・あんたたちの魔法って、人を笑顔にするだけじゃないんだね。そばにいるだけで、人に勇気と愛をくれるんんだ。』とありました。

 

しかし同じ帯に『傷つき悩む人びとと、彼らに寄り添う犬を描く感涙作!』とありましたが、いったいどこで『感涙???』するのか最後まで分からず仕舞いでした。次の展開が見通せてしまうストーリーで、平易で分り易い文章は逆に言えば平凡な文体です。私は本を読む際には重要だと思ったり素敵だと思った文章に線を引いたりメモに書き写したりしながら読み進めますが、今回は書き写す文章も殆どありませんでした。僭越を承知で書くと、直木賞受賞の理由を探しあぐねながら読み進めた小説でした。

 

 

そんな読後感を妻に話したところ、一作では簡単に判断はできないのではと諭され勧められて読んだのが、『雨降る森の犬』です。



 

直木賞受賞作の『少年と犬』を2年遡る2018年刊行の、やはり犬を主人公に据えた小説です。結論から言うと、遥かに良い印象の読後感を持ちました。読んでみて良かったです。

 

父の死後、若い恋人を追ってニューヨークに行ってしまった母、その兄で山岳写真家の伯父の信州蓼科の家に住むことになった中学生の雨音(あまね)は母親に捨てられたと強く感じていた。隣の別荘に来る別荘族イケメン高校生の正樹も、強権的な父親と継母との関係に問題を抱え悩んでいる。伯父の飼い犬のワルテルは、スイス原産の大型犬、バーニーズ・マウンテン・ドッグ。ワルテルは蓼科の森の中でそんな二人との交流を通して、家族との関係に傷つき悩む二人に家族に代る愛を与え、人間として成長させる。犬と人間の家族のような関係を描いた作品です。

 

『あの森の岩の上に立ち、光芒に手を差し伸べている雨音をワルテルが岩の下から見上げている。森は霧を孕んで白く、しかし暗く、太陽の光が差し込む岩の上だけがほんのり明るい。』

『動物が幸せなのは、今を生きているからだ。不幸な人間が多いのは、過去と未来に囚われて生きているからだ。』

『人間は迷い、惑う。でも、犬は真っ直ぐだ。これが得だとか損だとか、そんなことは思いもしない。純粋に生き、純粋に仲間を愛する。だから、間違わない。』

 

 

実際に著者は軽井沢に暮らしバーニーズ・マウンテン・ドッグを飼っているそうです。どちらの小説も、犬をソウルメイトとして暮らす者でしか書けない小説と感じましたが、犬と人間の関係の深い描写に関しては『雨降る森の犬』に軍配を上げざるを得ません。惜しむらくは直木賞受賞作が短編集の形を採ったためなのだろうと思うことにしました。

 

 

 

 

 
2021.04.28

シリーズ・徒然読書録~東山彰良著『流』

あれもこれも担当の千葉です。

 

 

読書は好きで、常時本を持ち歩く癖が付いてしまいましたが、読み方は極めて大雑把、何かしら記憶のどこか、心の片隅にでも蓄積されていれば良いという思いで雑然と読み流しています。暫くするとその内容どころか読んだことさえ忘れてしまうことも。その意味で、読者の皆様には退屈でご迷惑かとも恐縮しつつ、ブログに読書録なるものを記してみるのは自分にとって有益かも知れないと思い、始めてみました。皆様のご寛恕を請うところです。

 

徒然なるままに読み散らす本の中から今回取り上げるのは、東山彰良(あきら)著『流』(講談社刊)です。2015年、又吉直樹氏の『花火』が芥川賞を受賞した時の直木賞受賞作です。東山氏は台湾生まれの台湾人。その殆どを日本で育ち暮らしながら国籍は中華民国のままの作家です。祖父は大陸山東省出身の抗日戦士で、蒋介石とともに台湾に流れて来た外省人。この小説はこうした著者自身が自らのアイデンティティを追い求め、止むに止まれずに書き記した作品と言ったように感じます。

 



 

先住民族、先に福建省など大陸から入植していた内省人、日本統治時代の台湾人、蒋介石が連れて来た外省人。各々が複雑な関係にあるように、日本や日本人に対する感情も単純なものではありえません。日本人とするとつい甘えて『日本人に好意的な台湾』とひと括りにしてしまいますが、実際はとても複雑なものがあると気付かされます。同時に、古くは国民党と共産党、現代でも国民党と民進党など、鋭く敵対しながら同胞でもあり、友人もいる複雑な関係にも改めて思い知らされます。

 

蒋介石の死んだ翌日(1975年4月)、大好きだった祖父が何者かに殺された。主人公の葉秋生は浴槽に沈んだ祖父の死の第一発見者だった。誰に何のために殺されたのか気になって仕方ない秋生は、受験にも失敗し、不良との喧嘩に明け暮れ、終いにはヤクザに命を付け狙われる羽目に。そんな少年時代から兵役も失恋も経験した秋生は祖父の死の秘密を解きに、戻った時に投獄される恐れがあるにもかかわらず、祖父の故郷、大陸山東省へ渡るところからこの小説は始まります。

『わしらに大義なんぞありゃせんかった・・・こいつなんかは自分の両親をいじめた共産党の一家を皆殺しにして国民党に入ってきた。みんな似たり寄ったりさ。こっちと喧嘩してるからあっちに入る、こっちで飯を食わせてくれるからこっちに味方する。共産党も国民党もやるこたあ一緒よ。他人の村に土足で踏み込んじゃあ、金と食い物を奪っていく。で、百姓たちを召し上げて、また同じことの繰り返しだ。戦争なんざそんなもんよ。・・・密告はなにも共産党のお家芸だというわけではない。草の根レベルで監視社会を堅牢にし、政権に盾突く不満分子を早期発見すべく、国民党によっても推奨されていた。つまるところ共産党も国民党もおなじ中国人で、中国人の考えることはどこでもおなじなのだ。』

『人というものは同じものを見て、同じものを聞いても、まったく違う理由で笑ったり、泣いたり、怒ったりするものだが、悲しみだけは霧の中でチカチカともる灯台の光みたいに、いつもそこにあっておれたちが座礁しないように導いてくれるんだ。』

『台湾に退却した国民党・外省人は、ここをいっときの仮住まいと考え、状況が好転すれば大陸に戻ると思っていた。その希望は蒋介石の死とともに潰えた。』

『1895年から1945年までの五十年間、台湾は日本の統治下にあった。言うまでもなく、日清戦争の敗戦による割譲である。この間、同化政策によって台湾の学校教育はすべて日本語で行われた。だから必然的に、日本人として生き、日本を故郷のように慕う岳さんたちのような日本語世代があらわれることになる。彼らの日本に対する愛情には並々ならぬものがある。第二次世界大戦のときは、自ら志願して大日本帝国のために戦った人たちもいたほどだ。そのせいで約三万人が命を落としたと教科書には書いてある。アメリカから空爆も受けた。岳さんたちは日本人として、お国のため、昭和天皇のために命を投げ打ったのだ。なのに敗戦と同時に、日本は台湾をばっさりと切り捨てた。やっぱりきみたちは台湾人なんだ、台湾人は台湾人であって日本人ではない、どうかお幸せに。それまで日本人として生きて来た人々の自我は、このとき音を立てて崩壊した。大陸で共産党に駆逐された国民党がこの島になだれこんできたのは、(外省人であるわたしが言うのもなんだが)まさに泣きっ面に蜂だった。すぐに台湾人への弾圧が始まった。日本語のみならず、台湾語の使用まで禁じられた。台湾生まれの台湾育ちのわたしが、台湾語が不如意なのはこのためである。』

『きみのおじいさんが私たちを目の敵にする気持ちはわからんでもない・・・あなたたちは外省人でしょう?そしてあなたのおじいさんはおそらく大陸で抗日戦線を戦ったはずです。・・・彼の眼には、日本統治時代を懐かしむわたしたちのような者は、奴隷根性に骨の髄まで冒された裏切者に映るんでしょう。それはオーストリア人やチェコスロバキア人がドイツの歌を歌って、ナチスの統治時代を懐かしんでいるようなものかもしれません。・・・日本統治時代のすべてがよかったなどと言うつもりは毛頭ありません。ですが、わたしたちのグループはみんな多かれ少なかれ日本人に助けられた経験があるんですよ。』

『魚が言いました。わたしは水の中で暮らしているのだから、あなたにはわたしの涙が見えません。・・・自分の痛みにばかり敏感で、他人も同じような痛みを抱えているなんて思いもしなかった。』

 

つくづく『台湾人はみな日本人が好き。それは日本統治時代に日本が台湾に良いことをしたからだ。』と十羽一からげにして、台湾人の日本に対する気持ちに関して問題意識を持とうともしない、疑ってみようともしない傾向の強い現代の日本人は、心すべきところだと受け止めました。

 

『きみのおじいさんはいつも不機嫌でした。胸の中にまだ希望があったんでしょうね。苛立ちや焦燥感は、希望の裏の顔ですから。怒りの炎を消すまいと、いつも自分を駆り立てていた。大陸を出た時に止まってしまった祖父の時計は、大陸にガツンと一発お見舞いしてやらない限り、ずっと止まったままだったのだ。』

『おれたちの心はいつも過去のどこかにひっかかっている。無理にそれを引き剥がそうとしても、ろくなことにはならん。』

 

『心配事は心配事として、欺瞞は欺瞞としてあとまわしにできるほどに、わたしは大人になっていた。・・・わたしはわたしなりに、あの日から十何年分前へ進んだ。人並みに軍隊で揉まれ、人並みに手痛い失恋を経験し、人並みに社会に出、人並みにささやかなぬくもりを見つけた。出会いがあり、別れがあり、妥協し、あきらめることを覚えた。それはそれで大人になるということだが、これ以上心を置き去りにしては、もう一歩たりとも歩けそうになかった。』

『人は同時にふたつの人生を生きられないのだから、どんなふうに生きようが後悔はついてまわる。どうせ後悔するなら、わたしとしてはさっさと後悔したほうがいい。そうすればそれだけ早く立ち直ることができるし、立ち直りさえすればまたほかのことで後悔する余裕も生まれてくるはずだ。突き詰めれば、それが前に進むということなんじゃないだろうか。』

 

『もしかすると、じいちゃんは殺して欲しかったのかもしれない。どこかで、だれかに過去の清算をしてもらいたかったのかもしれない。』

『この一切合切を終わらせるために、そして宇文叔父さんを許すために、わたしは叔父さんを殺さねばならない。そう思った。叔父さんの血だけが、わたしの疑問や欺瞞や怒りに対する唯一の答えなのだから。それは連綿と続く憎しみの連鎖の、もっとも美しい終わらせ方だった。わたしたちは血を流さないこともできる。しかし血を流さずに、いったい何を証明できるだろう?祖父は家族みんなの命をかけて、過去の過ちを償おうとした。悪い風が吹き荒れる心中の苦痛を証明した。逆説的だけど、その覚悟がわたしたちの命を救った。』

 

『ありがとうね、いろんなことを胸にしまいこんでくれて。胸のつっかえを吐き出すのはいいことだけど、吐き出した言葉に引きずられて、あなたはわたしたちの手の届かないところへ行っちゃうかもしれないから。』

 

物語の始まり、秋生の少年時代の1975年の台湾。『いまよりうんと混沌としていて、どんなことでも起こり得た』まだ極めてプリミティブな社会が生き生きと描かれています。

『当時の台北市の西門町のあたりには安くて美味いがひどく不衛生な屋台が軒を連ね、数年に一度、B型肝炎を大流行させていた。そのような屋台では残飯の上澄みからすくい取った廃油を精製して食用油として再利用していた。ビール腹のようにボンネットをでんと突き出した市バスが朝から晩まで中華路をふさぎ、ガラの悪い運転士が大声で世界をののしりながら、まるでレーシングカーのようにぶんぶん飛ばしていった。タクシーの運転手たちはティアドロップ型のサングラスをかけ、血のような檳榔(ビンロウ)の噛み汁を窓から吐き飛ばし、喧嘩をも辞さない覚悟で客をだまくらかす。遠回りなどはあたりまえで、メーターに小細工をして十秒ごとに課金したり、こちらはたしかに百元渡したのにいけしゃあしゃあと五十元しかもらってないと言い張ったりした。』

『萬華といえば台北屈指の荒っぽい界隈である。売春宿や蛇を食べさせる店が軒を連ね、男女の悲しみや蛇の血のせいで街全体に饐えたようなにおいが漂い、刺青を入れ、檳榔の噛み汁で歯を真っ赤に染めた極道たちが暮らしていた。』

 

三十数年前、1980年代後半に二度ほど台湾を訪れたことがあります。台北などの都会では既にだいぶ豊かになってはいましたが、やはりかなりプリミティブな印象を受けました。

夜店の屋台では蛇を食べました。注文すると目の前で檻から手で掴み出した蛇の頭を、二本の柱に渡した縄にひょいと洗濯ばさみで止め、あごの下あたりに入れた切れ目からススーっと一気に皮を剥ぎ下ろします。そしてあごの下をナイフで裂いてショットグラスに血を溜め、さあ飲めと言って寄こします。更にナイフを入れて小指の先よりも小さく、暗い緑色の心臓を取り出して手のひらに乗せ、これもさあ呑み込めと言って寄こします。清水の舞台から飛び降りるつもりで生臭い血と私の掌の上でトクトクと脈を打つ心臓を一気に飲み干しますと、寄生虫がいると困るので消毒のためだと言って注がれた強い酒(アルコール濃度50%前後の白酒)をこれまた飲み干します。皮を剥かれた蛇は縄から降ろされまな板の上でぶつ切りにされ煮立った鍋に放り込まれ、丼に入れられて差し出されます。煮た蛇よりも揚げた蛇の方が美味いのですが、このプリミティブな雰囲気が好きで2度の訪台の際には夜店を大いに楽しみました。屋台の前の椅子の周りには、客が投げ捨てる食べ物を目当てに野良犬や野良猫がうようよしていました。

30年の年月を経て数年前にまた2度ほど訪台しましたが、衛生上の問題でしょうか、夜店は近代的に清潔になり(ちょうど日本のお祭りの屋台のよう)、蛇を食べさせる屋台は一軒も見つけられませんでした。あ、血のような檳榔の吐き捨てられた跡はまだ道路のあちこちにありましたが。

 

 

 

 

 

 



 

 



 

 

 

 

 

 

 
2021.04.18

建てる前にご自身の目でご確認を

住まいづくり担当の情野です。

 

R+houseの建築現場見学会のお知らせです。

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しかも光熱費を半分程度に落とし、家族の健康を想った住まい。

これから住まいをお考えの方は、必ず一度ご自身お目でお確かめください。

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