2014.09.05

山寺の仁王像

こんにちは設計グループの松尾です。

”指月殿”  暗殺された息子”頼家公”を供養する為に北条政子が建立し、伊豆最古の木造建築と言われています。


9月に入り、夜は少し涼しくなってまいりましたが、この9月23日に修禅寺の山門の落成式を行うと回覧がありました。修禅寺は弘法大師が開いたお寺として、また、鎌倉二代将軍”源頼家”を弔っているお寺として歴史的にも有名ですが、実は昨年より山門の劣化が激しいということで急遽、改修工事を行っていました。今回の改修に伴い門両脇

に仁王像を配置するようです。

仁王像は元々、”なめど大門”という山門(2㎞ほど離れた現在の修善寺カインズホームがあるあたり。)にあったようですが、道路拡幅等により山門が撤去されるのと共に、修禅寺の正面にある”指月殿”という経典を収める建物内に安置されています。

近くで見るとやはり、怖いです。

 

 



お寺を守る仁王像が山門の横に配置されるのは本来の役目を果たすので、安心しているのではないかと思います。

地元にもいろいろな歴史があることを改めて感じました。



 

 
2014.09.05

S寺様庫裡新築

住宅部の山入です。

今日は、8月下旬から建て方が進行中のS寺様(庫裡新築)を紹介します。

S寺様は、伊豆の国市四日町に在り北条氏の末裔の名刹で、蓮の花でも有名です。



 

今はまだ、屋根の垂木もこれからです。木造2階建てで延床面積が230坪近くあるので、

本堂に比べても見劣りがしません。

今後も、進捗状況をお知らせしていきます。
2014.09.01

誕生日

管理部三須です。

 

早いものでもう9月、夏も終わってしまいました。

例年になく涼しい気候が続いて、夏の疲れを取るのに最適ですね。

 

さて、先日4●歳の誕生日を迎えました。

さすがにもう派手なお祝いもなく、誕生日当日も家族からも何の言葉もプレゼントもなく1日が終わろうとしていた時、娘が急に私の誕生日のことを思い出しました(すっかり忘れていたらしい・・・)。

 

急遽2階に上がったかと思うと、しばらくして降りてきて、小さなビニール袋に入った手作りのプレゼントを手渡してくれました。



この気持ちだけでもうれしいですね。

もったいなくて使えません・・・。
2014.08.31

帰って来た蝉の鳴き声

あれもこれも担当の千葉です。

ここ三島がある静岡県東部は、この一週間は、それまでの酷暑が信じられないほど
涼しくなり、庭からは蝉の鳴き声が消え、蟋蟀の音が高くなりました。夏の中に一気に
秋の気配が混じりこんで来たようでした。

ところが、午前中にあった地鎮祭は、心配していた雨が上がり涼しい中での儀式と
なりましたが、雲の多い空模様もお昼からはカラリと晴れあがり、まるで夏が戻って
来たような暑さとなりました。それまでじっとこの時を待っていたかのように、庭には
再び蝉たちが姿を現し一斉に鳴き時雨れていました。



暑さと涼しさがせめぎ合う頃の我が家の実りはキウイ・フルーツとポポーです。

今年は少し実が少ないようにも感じますが、しっかりと収穫の時に備えている

ようです。



キウイは木から捥いだあとに暫くリンゴと一緒に袋に入れて置いておくと甘く熟れて

くれます。ポポーは自然に木から落ちて暫くすると熟れて食べ頃になります。

 

夏と秋の気配が入り乱れ、やがて実りの秋になって行く準備が着々と整えられている

のですね。
2014.08.30

花より団子、ならぬ栗三昧

あれもこれも担当の千葉です。



昼と夜の長さが同じとなる秋分を過ぎて早一週間。日中はまだ汗をかくような暑さが

残る日もありますが、ほんの少しだけ夜が幅を利かすようになり、空に浮かぶ雲も地

に咲く花もすっかり秋模様です。

 

妻が手折って居間に挿した一枝の金木犀が甘い香りを振り撒いています。



零れ落ちた小さな花弁も綺麗な形。



夏から蕾を付け出した水引草も、じきにピンクの蕾を開いて中から白が覗くことに

なり、紅白の水引になぞらえた姿となります。



何ともメルヘンチックで可愛らしい実を付けているのがオキナワスズメウリ。

ご近所のお宅のものを『パシャリ』。



一円玉ほどの小さな西瓜のような緑の実が熟れて赤くなります。別名は琉球

オモチャウリ。ネットで見ると、この実には毒があり食べられないようです。

また、実が熟すと灰色になるスズメウリよりも鑑賞性が高いですね。生垣に

絡まり赤い実を付けている姿は、少し離れてみるとまるでクリスマスのイルミ

ネーションのようです。

 

しかし何と言っても秋は食欲。今、我が家のブームは栗。今年は豊作で、食卓を

賑わせてくれています。



渋皮煮に甘露煮。渋皮を傷つけずに剥き、渋皮が剥がれないように何度か

煮込んで行くのは相当手間の掛ることのようで(当然私ではありません!)、

剥く時に渋皮が傷ついたものは栗ごはんに活躍の場を変えます。お知り合い

からは裏ごしして作った栗きんとんも戴き、中津川のきんとんや干し柿に包ん

だ栗きんとんを思い出しました。



単純ではありますが、煮て二つに切ったものをスプーンで掬って食べるのも

美味しく、手間を掛けずに秋の味覚を楽しめる方法ですね。



最後に、偶然テレビで目にした栗のおはなし。リンゴでいう皮は栗のイガ。実(み)

は皮や渋皮。栗の実として食べているのはリンゴでいうところの種なのだそうです。

確かに、栗の種はどこにある?と聞かれると困るのですが、今まで気付きません

でした。
2014.08.27

時計

花崎です

 

 

先日、誕生日だったので、自分にプレゼントをしました。

 

以前から欲しかったGショック。

 

シンプルなデザインに惹かれました。

 



こちらは15年以上使用しているプロトレック。

 

初めて購入したデジタル時計です。

 

ゴツメのデザインが気に入っています。

 



ガンガン使用しているので、表面の塗装が剥がれてきていますが、

 

まだまだ頑張ってもらいます。

 
2014.08.25

24時間テレビ~愛は地球を救う

あれもこれも担当の千葉です。



 

日本テレビの恒例のチャリティ番組、24時間テレビ~愛は地球を救うは今年で

37年目を数える長寿イベントとなりました。今年は8月30日(土)から31日(日)に

掛けて放送されます。ここ数年当社も協賛させて戴いており、25日(月)より当日

まで、日本テレビで当社のテロップが流れます。

 

今年のチャリティーTシャツのデザインをした天野喜高氏は静岡市の出身。ゲーム、

ファイナルファンタジーのキャラクター・デザインをされた方です。



ほんのささやかなチャリティーではありますが、どうか飢餓、疫病、災害、紛争で

苦しまれている世界中の方々への支援となりますように。
2014.08.22

活版印刷

設計中村です。

 

皆様お盆休みはいかが過ごされましたか。

私は友人に誘われ活版印刷を体験してきました。

 

活版印刷とは・・・『活字』と呼ばれる鉛でできた文字を一つずつ組み合わせ、

ハンコの原理で凸面にインキをのせて刷る印刷技術です。



鉛の型をみているだけでカワイイ♡

絵柄と好きな言葉を組みあわせてオリジナルの作品を作ります。

好きな形にレイアウト後、刷ります!



丸いところがインキになっており、活版とインキの上をローラーが廻り

インキが活版につき印刷ができる仕組みになっていました。

革を選んだためか、かなり力を入れないと、

2度押しだとブレてしまったりと少し難しかったです。

 

出来上がり作品はこちら♪♪



印刷による独特な凹凸感が、どこか懐かしく、温かみがあり出来上がった時は興奮状態。(笑)

使いこんでいくのが楽しみです。
2014.08.22

散歩道

リフォーム部の中根です、暑い日が続きます皆様どの様にお過ごしでしょうか。

私の楽しみの一つに早朝散歩があります、気が向いたとき近所を決まったコースもなく40分~60分程度携帯ラジオを聴きながら歩きます、朝の気持ち良い空気を体に浴びると爽快な気分になれます。

休日の朝は特別な散歩道があります、沼津市の千本公園の堤防沿いです、空が白々したころには、沢山の方々がウォーキング・ジョギング・サイクリングを楽しんでいます。私も1時間程ウォーキングを楽しんでいます、潮騒を聞きながら駿河湾を楽しむ絶好の散歩道です。掲載の写真には残念ながら富士山が雲に隠れ見えていませんが、中央の松の上あたりに雄大な富士山を眺める事もできます。

魚釣りを楽しむ方の大勢いらっしゃいます、魚にはあまり詳しくはありませんが、波打ち際に陣取りそこから投げ釣りしています、地引網をして早朝からバーベキューを楽しんでいらっしゃる団体も拝見した事があります。

平和な国を実感します、世界が騒がしくなっていますが、いつまでも戦争のない幸せな国であり続けたいと強く感じる事のできる散歩道です。

2014.08.19

シリーズ・徒然読書録~中西輝政著『日本人が知らない世界と日本の見方』

あれもこれも担当の千葉です。

 

読書は好きで、常時本を持ち歩く癖が付いてしまいましたが、読み方は極めて大雑把、

何かしらからだのどこかに蓄積されていれば良いという思いで、雑然と読み流します。

その意味で、読者の皆様には退屈でご迷惑かとも恐縮しつつ、ブログに読書録なる

ものを記してみるのは自分にとって有益かも知れないと思い、始めて見ました。皆様

のご寛恕を請うところです。

 

徒然なるままに読み散らす本の中から気に入った本、今回は中西輝政著『日本人が

知らない世界と日本の見方』(PHP文庫)。ブログでは如何なる政治的、宗教的な主張

もしないのが信条ですので、今回の本の選択も、政治的な主張ではなく、アカデミック

な興味から取り上げたものとお考え戴けたら幸いです。

 

さて、この本はリーマンショック直前の2008年4月~7月に京都大学で『現代国際政治』

という講座名で行われた講義をまとめたもので、学生に語りかける形式となっています。

 



恐らくは出版社の商業上の理由からこの大袈裟なタイトルが付けられたのでしょうが、

内容的には国際政治学の導入部分としての現代国際政治の見方とでもいった、アカデ

ミックなものです。いくつか興味を持った論点を列挙してみようと思います。

 

・いずれ大きなカタストロフィが来るか、ギリギリで気づいて『血みどろ』になって立て直し

をするか、いま日本は戦後最大の曲がり角に差しかかっているといえるが、リーダー

層にどのような国家運営をすべきかを考える能力と気力がない。

 

・このまま日本のジリ貧構造が続けば、確実に国家の衰退がやってくる。これは過去の

歴史を調べると、百年ほど前のイギリスと同じで、際限のない海外移転や国際化の

結果としての大英帝国崩壊という歴史と重なっている。

 

・第1次世界大戦は、世界史上初の国家総力戦で、欧州文明にとっては歴史的衝撃と

なった。民主主義国の政府の無能と欺瞞に人々の目が向けられ、近代科学や民主

主義といった『進歩の象徴』への信頼が決定的に揺らぎ、欧州近代文明の大きな挫折

となった。その意味で、第1次世界大戦は現代文明の『分水嶺』だった。

 

・戦争を引き起こすのはむしろ『正義』であり、『道徳的憤怒』である。

 

・今の日本に広がっている、グローバリゼーションが永遠に続くかのような議論は間違

いで、それには必ず揺り戻しがある。行きつ戻りつしながら何百年という単位で一つの

方向へ向かって行く。つまりグローバリゼーションとナショナリゼーションを繰り返しなが

ら、近代史は動いて行く。ハンティントンは『文明の衝突』で、冷戦後の世界は文明

単位のまとまりと衝突となると予想したが、私(著者)はやはり『国家』が改めてクローズ

アップされる時代となると考える。

 

・幕末・明治の日本の世界史的状況は、東は米国、北はロシア、西からは大英帝国を

はじめとする欧州列強から同時に脅かされた、世界史的にも極めて特殊な状況で、

日本が軍事大国を目指さざるを得ない宿命的な要因があった。地政学的な見地から、

パックス・アメリカーナが終焉すれば状況は再び似たような宿命に直面する可能性

がある。

 

・世界政治は、一超多強が最も安定する構造。一超と多強に大きな力の差があれば

あるほど安定し、他強の中から一超に挑戦するような勢力が出て来ると不安定化する。

この意味で、第1次世界大戦は中東や極東で南下を目指すロシア(多強)が、それを

阻む大英帝国(一超)に挑戦すべくフランス(多強)と結んだ露仏同盟が伏線となった。

(結果としては露仏同盟が新興のドイツ(多強)と衝突したことが直接の原因となったが。)

 

・この露仏同盟は近代日本の方向にも決定的な影響を与えた。日清戦争後の下関条約

で割譲された遼東半島を露仏+独の三国干渉で放棄せざるを得なかった日本は日露

戦争へと突き進むこととなった。

 

・英米と2百年続いたアングロサクソンの覇権(一超)に対し、多強の内の2か国以上が

同盟関係を築き対抗した場合(ギャングアップ構造という)、パックス・ブリタニカは終焉

を迎えたし、パックス・アメリカーナも揺らぎ得る。このことを踏まえて日本が取るべき

方向は一体どういうものであるべきか。

 

・ 日本が生き残るためには、一超を目指すことは無理であっても、『その他』の第三

グループになってしまうのではなく、第二グループ、多強に何とか留まり続けるための

覚悟・決意と努力が必要な時に来ている。

 

中西輝政氏の著作は以前にも『なぜ国家は衰亡するのか』(PHP新書)を読んだことが

ある。



西ローマ帝国(対比としてビザンツ帝国、ベネツィア)、スペイン帝国、大英帝国が

衰亡して行った原因を分析し、国家の衰亡は内なる荒廃、即ちモラルとモラール

(精神の活力)の減退による、と主張。日露戦争後の20年間とオイルショック後の

20年間の特にエリート層のモラルとモラールの減退の相似を指摘し、日本の現状

へ痛烈な警告を発する書として記憶している。著者のむすびのことばから抜粋して

終わりにしたい。『国家』を『企業』と置き換えてみるととても重みのあることばで、

企業経営者にとっても心せねばならないことばと受け止めました。

 

・日本が『国家目標』を喪失していることが今日の衰退の根本原因である。

 

・国家という視点の意識的な忌避、これが現代日本に見られる『虚ろなもの』の本質

のように私には思われる。そしてこれを克服しない限り、日本は本当の改革を成就

できないし、むしろ遠くない将来、逆転不可能な衰亡のプロセスへと入ってゆくはず

である。

 

・私にとってあるべき日本とは、一口でいえば、『自由で、活力に富み、伝統と歴史を

重んじて、世界で自立し名誉と協調を重んじる国』ということになる。ただ、ここでいう

自由とは、戦後的な『与えられた放縦』としての自由ではない。それは『モラルと両立

する自由』、『哲学ある自由』、『自己責任と自己決定の自由』でなければならない。

(中略)戦後の日本があまりにも多くを失ってしまったもの、それは自らの伝統と歴史

への誇りである。