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御礼 2/14賢い家づくり勉強会
住まいづくり担当の情野です。
2/14の家づくり勉強会の風景です。
ご参加いただき、ありがとうございました。
この勉強会で知識を蓄えていただき、後悔しない住まいづくりが出来れば幸いです。
また定員になってしまい、キャンセルを待っていただいた方にはホント申し訳ありませんでしたm(__)m
感染症対策の為、少人数の開催でしたが、
いつの日か大勢で勉強会が出来る日が来ることを祈るばかりです。
次回は4月下旬を予定しています。
まだご参加していない方は、次の機会にご検討くださいね。
2021.02.05
シリーズ・徒然読書録~浅田次郎著『おもかげ』
あれもこれも担当の千葉です。
読書は好きで、常時本を持ち歩く癖が付いてしまいましたが、読み方は極めて大雑把、何かしら記憶のどこか、心の片隅にでも蓄積されていれば良いという思いで雑然と読み流しています。暫くするとその内容どころか読んだことさえ忘れてしまうことも。その意味で、読者の皆様には退屈でご迷惑かとも恐縮しつつ、ブログに読書録なるものを記してみるのは自分にとって有益かも知れないと思い、始めてみました。皆様のご寛恕を請うところです。
徒然なるままに読み散らす本の中から今回取り上げるのは、浅田次郎著『おもかげ』毎日新聞出版刊。これも昨年読んだ浅田次郎作品から。ご多分に洩れず新聞の広告を見て図書館のお世話になりました。
先月アップした『流人道中記』『大名倒産』が江戸時代を舞台に閉塞した武家社会の矛盾を描き出し、変容変革を恐れて硬直化しかけている現代へ鋭い警鐘を鳴らす書であったのに対して、本作は昭和から平成の現代を舞台にしたファンタジー小説です。『○○さんはナビを見ないね』『はい、どうも信用できなくて』『そうだね。世の中、信用できないものだらけになった』『経験と勘のほうが、まちがいありません』という世代の男たちの物語。古き良き昭和の時代の物語ですが、団塊の世代の最後にあたる主人公とその親の世代の人生を俯瞰することによって、貧しかった戦争前後の社会の必死懸命さに比べて、高度経済成長期以降の豊かさゆえに迷走する現代人への警鐘の書としているのは共通した構図です。
昭和26年のクリスマス・イブに、生まれたばかりで捨てられた主人公。65歳の定年の送別会の帰り道、地下鉄の車内で倒れ、3日後に意識だけが目覚めて、幽体離脱のように時を遡り、戦後間もない時代、自分が生まれて来た経緯を知ることになります。昭和初期に舞い戻るというファンタジーは浅田次郎氏の得意とするところなのでしょうか、『地下鉄(メトロ)に乗って』や『活動寫眞の女』といった感動的な作品が同じような設定で描かれています。特に、『地下鉄(メトロ)に乗って』と本作は、舞台の書割が『地下鉄』であるところまで共通です。これには『地下鉄』に対する浅田氏の次のような郷愁があるからかも知れません。
『地下鉄の階段を降りた。温かな風が吹き上がってきた。変容を続ける東京の中で、昔と少しも変わらないのは、地下鉄の匂いだけかもしれない。だからこの風にあたるたびに、体も心もほっこりとくるみこまれるような安息を感じる。僕はふるさとを持たないが、これはきっと、帰るべき人を待つ風に似ている。』
浅田氏ならではのほれぼれする素敵な文章の幾つかを並べることで、筋を追ってみましょう。
『東棟の二階は静謐だった。一歩ごとに生が退き、そのぶん正確に、死が浸潤してくるように思えた。』
『たぶん一生聞けねえと思う。人間、口に出せる苦労なんてたかが知れてる。』
『義理は義務だぞ。血の繋がった親子ならテキトーにやったって許されるけど、義理の仲なら何だって義務だ。』
『東京にはこんな雪がよく似合う。舞うでもなく緞帳のように滑り落ちて、アスファルトを黒く染めることしかできずに溶けてしまう雪が。』
『互いの非を論えばきりがなかった。しばらくの間、僕らは他人になってしまった。それも他人以上の他人に。』
『苦労が容姿に顕れず、むしろそれを肥として洗練される人間のいることは知っている。能力や性格ではなく、客観的な幸不幸とも関係なく、今かくある自分が幸福であると信ずることのできる人間である。』
『肉体が極度の苦痛に襲われたとき、エンドルフィンが分泌されて、麻薬のような効果が現れるという。だとすると、生きてゆくために記憶を消し去ってしまうホルモンも、存在するのではあるまいか。』
『初めて二人きりで食事をしたとき、きれいな食べ方をする人だなと思った。・・・どんなに好感を抱いていても、二度と食事をしたくない男はいる。・・・夫の背筋がピンと伸びていて、椀の持ち方や箸使いがとても優雅に見えた。この人ならいつでも一緒にご飯を食べられる。』
これには私にも似たようなこだわりがあって、はた、と膝を打ってしまいました。
『妻に先立たれた夫は老いるが、夫に先立たれた妻は若やぐ。』
どきり、とするような箴言ですね。自分では何もできない身ゆえ、若やいでも良いので相方には私より一日でも長生きして欲しいものです。
『そのときふと、魔が差した。・・・もしそれが悪魔の使嗾(しそう)でないとしたら、動機はひとつしか考えられない。愛すればこそ棄てる。』
『その前に、売れ残りの魚みたいに腐ってしまった勇気を、どうにか搔き集めなければ。』
『詫びてはならない。殺すのではなく、別れるのではなく、捨てるのでもなくてこの子を生かすのだと、峰子は思うことにした。・・・言葉にしてはならないと、峰子は唇を噛みしめた。何を言おうが言いわけにちがいないから。』
『僕は思いのたけをこめて母に言った。あなたが生きるためならば、僕を棄ててもかまわない。僕は男だから、あなたなしでも生きてゆける。でも、少しだけ、僕の願いを聞いて下さい。三十五歳の美しいあなたと、地下鉄に乗りたい。六十歳のもっと美しいあなたと、静かな入り江を歩きたい。八十を過ぎて、もっともっと美しくなったあなたと、輝かしいふるさとの光を眺めながら、クリスマスを祝いたい。純潔の母が聖なる子を産み給うた夜を。』
『僕は思った。多くの人々の祝福を一身に受けて、僕は今、地下鉄から生まれたのだ、と。誰も僕を憐れんではいなかった。むしろ歓喜しているように見えた。悲惨な戦争をそれぞれに生き延びてきた人々は、子棄てという現実を目のあたりにしても、そんなことはどうでもいいかのように、僕というひとつの命を讃えてくれていた。』
『僕らは地の底の静寂の中にいた。針を落としても谺(こだま)しそうな黙(しじま)の中に。穢れなき風に吹かれて。』
『僕も節子も、無理をしていたのだと思う。恵まれた子らにどうにか追いついて、もう二度と遅れてはならないと、懸命に走り続けていた。そして春哉や茜を、劣等感のかけらも持たぬ子に仕立てようとした。無理を続けてきた僕らのさらなる無理が、春哉を圧し潰してしまったのかもしれない。』
『勇気をふるって歩き出す前に、使い古しのマフラーで顔を拭った。よし。生きるぞ。苦悩の釣り銭はまだ残っている。節子をみなしごにはさせない。誰も泣かせはしない。・・・メリークリスマス。忘れざる人々のおもかげを胸いっぱいに抱えて、僕はもういちど地下鉄から生まれた。』
少し長くなりますが、最後に、貧しくとも輝いていた時代から、豊さゆえに混迷する現代への警鐘となる文章を並べて終わります。かなり辛辣です。身に覚えがあり胸に刺さります。
『自分がどれほど幸福な人間であるかを、僕はよく知っている。人類史上最も幸福な場所と時代に、生まれ合わせたからである。めくるめく高度経済成長の中で、「苦労」という言葉は死語になった。戦争はなかった。機会は均等だった。宿命的な困難には最大級の援助があった。そうした時代における「苦労」は、比喩的な表現か、さもなくば「努力不足」という意味だったと思う。少なくともそう考えなければ、幸福な僕らは過酷な歴史に対する責任を負えない。』
『オテントサマ、という言葉の愛らしさに、僕はほほえんだ。子供の時分にはよく使ったが、いつの間にか死んでしまった言葉だった。』
『退屈はいいものだ。どうでもいいことを考える時間。非生産的な、思考と想像の時間。かつて人間は、豊かな閑暇を持て余して生き、そのまま優雅に死んでいったのだと思う。それがいつのころからか、どうでもいいことを考えるのは怠惰とされ、非生産的な行為を排除し、自由な思考と想像を封止して生きるようになった。いくら寿命が延びたところで、そうした人生は短く、その死は貧しいものであるにちがいない。』
『「昔ァ、知らねえ顔だって背中を流し合ったものだったが、いつの間にか自分自分になっちまったなぁ」自分自分。懐かしい言葉である。他人に手を貸し、また他人の手を借りるのが当たり前の時代には、そんな言葉があった。』
『スマホに熱中する女性。ゲームか、ラインの雑談か。いずれにしろ、このうえなく非生産的なそれらの行為に、どうして疑いもなく没頭できるのだろうか。世界中で同時進行しているこのバカバカしい無駄遣いが、人類の到達したインテリジェンスだとは、とうてい思えない。人間がやがて人工知能を備えたロボットに支配されるという、映画や小説の定番ストーリーがあるが、その未来はすでにこんなかたちで実現されてしまっているのではあるまいか。掌に収まる魔法の匣はいかにも平和的な相をしており、暴力をふるおうにも手足がないから、まさにそれが破壊者だとは思わないし、自分がそのロボットに隷属しているという意識は誰も持っていない。』
『ブランド品などという横着な趣味が現れる前の娘たちは、みな清楚だった。』
『帰宅途中のサラリーマンや長髪の若者たちが、何百人も地べたに腰を下ろして演説を聞いている。平和的な反戦集会であるらしい。あちこちで見知らぬ者同士が議論をしていた。満ち足りてはいないが、まじめな時代だった。』
『二十五歳と二十二歳。それでも世間の誂えたささやかな幸福に安住する若者たちよりは、ずっと大人だったと思う。』
『そう言えば僕が新入社員のころ、満州の支店に勤務していたという課長がいた。いや、だぶん当時の役員たちのほとんどは、戦中戦前の入社だったはずだ。だが若い僕らは、そうした会社の過去を意識してはいなかった。戦前と戦後の歴史に連続性を見出せなかったからである。どうして彼らは後輩たちに何も語らず、あんなにも知らんぷりができたのだろう。何もなかったことにしなければ、生きてゆけなかったのだろうか。』
『だいたいからしてそのころは、亭主なら家を出たら最後、会社員は外出したら最後、どこで何をしているかわかったものではなかった。だからポケットベルを持たされたときは、人間が犬に貶められたような気がしたし、その十年後に携帯電話が登場したときは、奴隷にされたと思った。』
『「おかあさんのせいじゃないぞ。みんなおとうさんのせいだ。男なんだから、おとうさんのせいだ」こんな古臭い道徳を掲げているのは、僕らの世代までだろう。』
2021.02.03
立春~わが家の梅の奮闘記
あれもこれも担当の千葉です。
今日は2月3日、立春です。暦では新たな一年の始まりです。例年よりも節分・立春が一日早くなるのはなんと124年振りのことだそうで、2057年と2058年も同様だということ。今世紀には3回もあるのですね。2回目と3回目には生きてお目に掛るのは難しいので、今年の立春をありがたく味わいたいものです。
さて、わが家の玄関先にある白梅の老木は、早い年でお正月の三が日、遅い年で1月の中旬に、平均すれば松の内が明けた頃に開花します。
ところが今年は暮の内(12月20日頃)に数輪開花し、家族をびっくりさせましたが、お正月に寒さが逆戻りしたことから蕾の膨らみが止まってしまい、15日の三嶋大社のどんど焼きにも開花せず、水仙や菜っ葉たちにも先を越され、気を揉ませてくれました。
それでもようやく20日を少し過ぎ、寒さが緩んだ雨の中で再び開花してくれました。自然の営みには無駄がなくしっかりと歩を進めるものですね。
更に立春を迎えて満開となり、他の2本と合わせて目を楽しませてくれています。
まだ少し先にはなりますが、木蓮も石楠花もその時を待つようにじっくりと準備を進めています。
2021.01.29
シリーズ・徒然読書録~浅田次郎著『大名倒産 上・下』
あれもこれも担当の千葉です。
読書は好きで、常時本を持ち歩く癖が付いてしまいましたが、読み方は極めて大雑把、何かしら記憶のどこか、心の片隅にでも蓄積されていれば良いという思いで雑然と読み流しています。暫くするとその内容どころか読んだことさえ忘れてしまうことも。その意味で、読者の皆様には退屈でご迷惑かとも恐縮しつつ、ブログに読書録なるものを記してみるのは自分にとって有益かも知れないと思い、始めてみました。皆様のご寛恕を請うところです。
徒然なるままに読み散らす本の中から今回取り上げるのは、浅田次郎著『大名倒産』(文藝春秋刊)。『流人道中記』同様、昨年に読んだ浅田作品。一年ほど前でしたが、新聞広告を見て図書館で借り受けました。
隠居の父・前藩主が企む前代未聞の藩の計画倒産。縁の薄い末息子に腹を切らせてのお家幕引きが謀られます。お家を倒産・滅却せんとするご隠居様一党と、再興せんとするお殿様一党との間に繰り広げられるあれやこれや。終いには謙信公の隠し金山が積年の窮状を解決するというどんでん返しのドタバタ時代劇。
大名の計画倒産という大きな書割は巧妙ですが、深みに欠けた冗長な展開で、この後の作品である『流人道中記』などと比べると、浅田作品の中では気合不足のやっつけ作品という印象を持ちましたが、二百有余年続いた太平の世がもたらした硬直化した社会の矛盾を浮き彫りにした視点や、落語のような軽妙洒脱な文章と、大団円の高揚はさすが浅田氏、お見事です。
印象に残った巧みな文章を幾つか列記してみます。
『夏陽の翳りかけた庭に、嗤う(あざわらう)がごとく蜩(ひぐらし)が鳴き始めた。』
『池泉に闇が下りてきた。庭先で平八郎の焚く蚊遣りの煙が、芳しく(かぐわしく)流れこんだ。』
『お庭に面した客間に腰を下ろしたとたん、すうっと汗が引いたのは、楠の葉裏に漉された風が、松ヶ枝を渡り百日紅を巻き、池の面と苔を撫でて、桔梗や槿の侘びた香りをそっくりそのまま座敷に招き入れていたからであった。座敷から眺めるのではなく、庭のただなかの亭(ちん)に座っているような気がした。・・・こうして廊下を歩んでいても、時折ふと足が止まってしまうのである。お庭は歩みに合わせて徐(おもむろ)に相を変えてゆき、その移ろいはみなことごとく美しいのだが、ある一瞬に思わず立ち止まってしまうほどの、全き景観が出現する。一枝の過分もなく、一草の不足もないと思える完璧な風景であった。・・・池泉の向こう岸に滝が落ちている。荒くもなく、細くもなく、銀色の反物を滑らせたような滝である。その先は緑なす丘になっているが、頂きに繁る杉木立は滝の上だけ截然(せつぜん)と払われていた。その空隙に、隣屋敷の楠の巨木がぴたりと嵌っている。これは風景ではなく、兄の描いた絵だと思うた。隣屋敷の濃密な楠を借景として、やや淡い杉の線を描き、その手前に薄緑の笹を敷き、さらに明るい青苔の付いた岩の間から、銀色の滝が落つるのである。しかもその緑の階調には、少しも企まれた様子がなく、たとえば風の道が標すままに長い時をかけて、その景色が出来上がったようにしか見えぬのだった。』
『誰が見ようと等しく感動する天然の景観を、兄は造り上げたのだと思う。風流をなすは人の才であろうが、天然を造り給うは神の業である。しかしーー。洟水をすする音に興をそがれてふと見れば、そこに佇んでいるのはまさか神さまではなくて、乾坤一擲の馬鹿であった。』
『語らううちに光の帯が天に巻き上げられ、からっぽの宝蔵の中は蜩の声に満ちた。』
『そもそも人情なるものは貧乏より生ずるのであって、さんざ飲み食いして世間を知れば、人は非情になるはずではないか。』
『苦しむでも喘ぐでもなく、やがて和泉守の腕の中で命が脱けた。』
『そう、女の恋は流れ去り、男の恋は積み重なるのである。』
最後に、兄弟も家臣も幼馴染も無類の豪農も、七福神や貧乏神までもが力になりたいと思う、若き無辜の殿様の魅力を端的に表す表現がありました。
『ご決心は変わりませぬか』『決心というものに変わりようのあるはずはない』
『どうしてこの人は、おのれを矜ろう(ほころう)としないのだろう。あらゆる理不尽をすべて呑み下し、押し付けられた苦をことごとくおのが苦に変えることなど、なぜできるのだろう。』
2021.01.25
金冠山・達磨山ハイキング
花崎です
金冠山と達磨山をハイキングして来ました。
だるま山高原レストハウスからスタート
金冠山の山頂から沼津方面を臨みます。
(淡島が見えます)
達磨山を目指します。
小達磨山を通り、
途中で見える戸田の街並み
スカイライン越しの富士山
(きれいです!)
長い階段を登り切り、達磨山の山頂に到着。
山頂から見える景色
お昼ご飯はチキンカレー
(美味しかった!)
ゴール目前で鹿さんこんにちは!
今回も楽しいハイキングでした。
2021.01.22
シリーズ・徒然読書録〜宇佐見りん著『かか』
あれもこれも担当の千葉です。
読書は好きで、常時本を持ち歩く癖が付いてしまいましたが、読み方は極めて大雑把、何かしら記憶のどこか、心の片隅にでも蓄積されていれば良いという思いで雑然と読み流しています。暫くするとその内容どころか読んだことさえ忘れてしまうことも。その意味で、読者の皆様には退屈でご迷惑かとも恐縮しつつ、ブログに読書録なるものを記してみるのは自分にとって有益かも知れないと思い、始めてみました。皆様のご寛恕を請うところです。
徒然なるままに読み散らす本の中から今回取り上げるのは、宇佐見りん著『かか』(河出書房新社刊)です。沼津生まれ(小さい頃に神奈川県に引っ越されたそうです)の期待の新星登場!との声を聞いて図書館で借り受けました。ふた月ほどの予約待ちを経てちょうど読み終わった時に、2作目の『推し、燃ゆ』が今年前半の芥川賞受賞というニュースが舞い込み、驚きました。
著者のデビュー作である本作は、三島由紀夫賞、文藝賞をダブル受賞、続く2作目で芥川賞受賞、しかも若干21歳というのは何とも素晴らしく、将来が楽しみです。
さてデビュー作『かか』。裏表紙にはこのように書かれています。
『19歳の浪人生うーちゃんは、大好きな母親=かかのことで切実に悩んでいる。かかは離婚を機に徐々に心を病み、酒を飲んじゃ暴れることを繰り返すようになった。鍵をかけた小さなSNSの空間だけが、うーちゃんの心をなぐさめる。脆い母、身勝手な父、女性に生まれたこと、血縁で繋がる家族という単位・・・自分を縛るすべてが恨めしく、縛られる自分が何より歯がゆいうーちゃん。彼女はある無謀な祈りを抱え、熊野へと旅立つ・・・。未開の感性が生み出す、勢いと魅力溢れる語り。痛切な愛と自立を描き切った、20歳のデビュー小説』
正しくこの小説の魅力は、主人公のうーちゃん(うさぎ)の感性(従って著者の感性とも言い換えられますね)と語り口・文体に尽きると思います。時に語り手(うーちゃん)の主語が省かれ、似非関西弁・似非九州弁・幼児語がない交ぜになった不思議でリズム感のある架空の方言によって、弟の『おまい』に語り掛けるという体裁を採っています。
湯船に漂う従姉妹の初潮の血を金魚と思って救って見せようとした描写で始まるという不思議な感性が、女という性の得体のなさを象徴して見せた上で、冒頭からこの小説世界になんとも独特な雰囲気を与えることに成功しています。
幾つか感銘を受けた文章を並べてみます。その独特な文体・語り口をお楽しみ下さい。
『風のくらく鳴きすさぶ山に夕日がずぶずぶ落ちてゆき、川面は炎の粉を散らしたように焼けかがやいていました。夕子ちゃんを焼いた煙は、柔こい布をほどして空に溶けてゆくように思われます・・・夏の風が山の頂上から川の対岸に茂った丈の高い草までをゆらして、最後にむわりとした草いきれを残して失速する、そのうるさいような匂い』
『(うーちゃんは赤ん坊が嫌い)その丸い目にはひれ伏すしかなかったんよ、あかぼうのひとみはかみさまに守られた憎らしいひとみなんよ。信仰を持ったひとみほど強いものなどないんです、たとえうーちゃんにはかたわらの女がただの女に見えたとしても、あかぼうのひとみにはたしかにかみさまのようにうつっていて、エイリアンみたいに真っ黒に濡れたそれは人間を断罪する力を持っている。』
『かかは、自分の中の感情をさぐって眉間のあたりに丁寧に集めて、泣くんです。涙より先に声が泣いて、その泣き声を聞いた耳が反応してもらい泣きする、かかは毎回そういう泣き方をしました・・・かかは、ととの浮気したときんことをなんども繰り返し自分の中でなぞるうちに深い溝にしてしまい、何を考えていてもそこにたどり着くようになっていました。おそらく誰にでもあるでしょう。つけられた傷を何度も自分でなぞることでより深く傷つけてしまい、自分ではもうどうにものがれ難い溝をつくってしまうということが、そいしてその溝に針を落としてひきずりだされる一つの音楽を繰り返し聴いては自分のために泣いているということが。』
『うーちゃんはにくいのです。ととみたいな男も、そいを受け入れてしまう女も。あかぼうもにくいんです。そいして自分がにくいんでした。自分が女であり、孕まされて産むことを決めつけられれこの得体の知れん性別であることが、いっとう、がまんならんかった。男のことで一喜一憂したり泣き叫んだりするような女にはなりたない、誰かのお嫁にも、かかにもなりたない。女に生まれついたこのくやしさが、かなしみが、おまいにはわからんのよ。』
うーちゃんからこう言われる『おまい』こと弟のみっくんに同情してしまいます。男というのは古来このように糾弾される性であることは避けられぬ事実です。
『不幸を信じる目、さいわいを信じる目、何でもいい、とかく心からの信仰をもつ目をうーちゃんは羨み僻んでいるんでしょう。うーちゃんのかかに対する信仰は消えていく一方でした・・・なんでこうまでして苦しめられんのにあかぼうつくるまえに離れなかったんだろう、なんでこのひとは、しにたいしにたいと言いながらしないんだろうとうらみました。彼女がしぬとわめくたびにうーちゃんにもその気持ちはうつります。もう、つらくて。ずうっとがまんしてた、つらいよお、うーちゃんの肌のしたに詰まった肉が叫ぶんです。しにたいよお。』
『押し入った空気吐き出せんくて破裂しそうになった胸抱えて、うーちゃんは立ち上がりました。いとしさは抱いたぶんだけ憎らしさに変わるかん、かあいそうに思ってはいけん。』
うーちゃんのかかは、祖母からは伯母の遊び相手としておまけに生まれたと言われ続け、伯母が祖母の愛情を独り占めするので愛情欲しさにととと結婚しますが、DVと浮気で出ていかれてしまう。伯母は早くに死ぬことで祖母の愛情を永遠に繋ぎ止め、忘れ形見の従姉妹を溺愛し、惚けていく中で祖母はかかのことを忘れてゆく。そんなかかは娘であるうーちゃんに甘え、うーちゃんは学校にも行けなくなり浪人する。でも誰よりもかかを愛している。その一方で、かかを遠ざけ施設にでも入れて心の中で殺してしまいかねない。そう思うとうーちゃんは、自分がかかを産んで、一から育てなおしてやりたいと願うようになります。
『かかをととと結ばせたのはうーちゃんなのだと唐突に思いました。うまれるということは、ひとりの血に濡れた女の股からうまれおちるということは、ひとりの処女を傷つけるということなのでした。かかを後戻りできんくさしたのは、ととでも、いるかどうかも知らんととより前の男たちでもなくて、ほんとうは自分なのだ。かかをおかしくしたのは、そのいっとうはじめにうまれた娘であるうーちゃんだったのです。』
『すべてのばちあたりな行為はいっとう深い信心の裏返しです。・・・そういうことをわざとやってみることは、そのばちあたりな反抗は、何か理解を超えた力があるという前提に立ってこそ存在しうるんです・・・ばちあたりな行動はかみさまを信じたうえでちらちらと顔色をうかがうあかぼうの行為なんでした。そいしてばちがあたったとき、その存在にふるえながらようやく人間たちは安心することができるんです。自分のことを本当に理解する誰かと繋がっているという安心感に、身をまかしることができるのんよ。』
『自分がはっきょうしたのか手っ取り早く知りたかったら、満員電車にすわってみれ。ほかの席が満ぱんのぎゅうぎゅうまんじゅうなのにお隣がぽっかしあいていたとしたら、それがおまいのくるったしるしです。おまいがいないとき、かかには両隣を埋める人間はいないかん、うーちゃんは必ずかかを端っこに座らせて自分がしっかと詰めて隣に座ります。ずっとそうやっってきたんです。隣があいたらかかが傷つくかん、・・・そいでも、そんな生活ともさいならです。うーちゃんを産むことでよごれてしまったかあいそうなかかはもうすぐこの俗世から解放されるんでした。ようやくすくわれるんでした。』
古典的ともいえるテーマを、独特の文体で描き出した力量は素晴らしいの一語です。図書館で予約した2作目(なんと順位60番め!)の芥川賞受賞作を読むのが今から楽しみです。
2021.01.18
家の燃費の話です 6
すまい担当の大木です。
今回は高性能住宅R+houseの基礎に関しての投稿です。
R+houseの基礎は基礎断熱と呼ばれている基礎となります。
基礎断熱とは基礎の立上り部分に断熱材を施工し、建物の外周部にて断熱を行う工法です。
床下と室内それぞれの温度差が少なくなり、より快適な空間を実現します。
基礎の内部を居室に近い状態にするために通常の基礎に比べると工事自体手間はかかりますが
それによって家の燃費は格段にUPします。
(1階の床下が冷たくないので床暖房もあまり必要ないと思います。)
今回はR+houseでの基礎工事動画を添付させて頂きます。
是非ご覧ください。
2021.01.17
R+house 取材先で「素敵」がいっぱい!
住まいづくり担当の情野です。
フリーマガジン イエタテ の取材立会に行ってきました。
今回の取材先は「R+house」のお宅です。
数多く取材しているカメラマンさんも、建築家ならではデザインに関心していました。
建築家のデザインってやっぱり「素敵◎」
そして、、家の中に入って更にビックリ(*_*)
「暑い・・」
書き方が悪いかもしれませんが、
ここ数日の極寒のせいで、私を含め取材陣は厚着。
改めてR+houseの断熱性能に驚きです。
UA値(断熱性)やC値(気密性)も良い数値だったことに加え、
基礎断熱採用で床下も室温と同程度で「床暖房いらず」です。
熱交換の換気システムの効果も「素敵♡」
この冬はエアコン1台で家中18℃以下になったことがないとの事。
でも今月の光熱費は、以前のお住まいの半分程度。。これも「素敵☆」
健康で経済的な住まいだと改めて実感しました。
更に、下のお子さんはお話しができるようになっていて、いっぱい遊んでもらいました。
「素敵♥」なご家族に恵まれてホント感謝です。
2021.01.15
シリーズ・徒然読書録~浅田次郎著『流人道中記』
あれもこれも担当の千葉です。
読書は好きで、常時本を持ち歩く癖が付いてしまいましたが、読み方は極めて大雑把、何かしら記憶のどこか、心の片隅にでも蓄積されていれば良いという思いで雑然と読み流しています。暫くするとその内容どころか読んだことさえ忘れてしまうことも。その意味で、読者の皆様には退屈でご迷惑かとも恐縮しつつ、ブログに読書録なるものを記してみるのは自分にとって有益かも知れないと思い、始めてみました。皆様のご寛恕を請うところです。
徒然なるままに読み散らす本の中から今回取り上げるのは、浅田次郎著『流人道中記 上・下』(中央公論新社刊)。
幕末、姦通という破廉恥罪を犯したエリート中のエリート武士である旗本の青山玄蕃を、蝦夷福山の松前家へお預けとするため、下級武士である町奉行与力の石川乙次郎が、江戸から津軽の三厩まで押送する道中記で、道中で巻き込まれる幾多の事件を通して、お家取り潰しとなっても切腹の命を拒み流人となることを選んだ青山玄蕃の真意や生き様が徐々にあらわになって行きます。終いには玄蕃が冤罪の咎を被ってでも抗おうとした硬直化した法や武士道などの社会の矛盾や、命と引き換えにしても守ろうとした武士や人としての矜持など、旅の始まりとは全く違った玄蕃像が見えてくるという物語です。
『光といえば生籬(いけまがき)に宿る迷い蛍と、式台に座る侍の膝元に置かれた、かそけき手燭のみである。・・・御玄関からは廊下が延びる。戸は閉て切ってあるゆえ漆黒の闇である。床板の軋みに用心しいしい角を折れれば、ようやく奥向きの広間から蠟燭の光が耀い出ていた。廊下は畳敷きの御入側となり、貴き役人の溜間であると知れる。』のっけから浅田氏の文章の匠みさにノックアウトされ、著者が気合・力を込めた作品であることが知れます。
語り手・主体は石川乙次郎ながら、場面によっては主語が入れ替わり立ち替わり、それぞれの人物の心情を良く現す文体が用いられています。
少し長くなるかも知れませんが、この小説のテーマや、主人公青山玄蕃の生き様が知れる部分、こころ動かされるような匠な文章を書き出してみます。最後に青山玄蕃の、浅田次郎の強烈なメッセージが用意されています。
『腹を切るのが武士道ならば、まともな侍なんざひとりもおるめえ。まちげえのたんびに腹を切っていたら、命なんざいくつあっても足らねえさ。手間ひまかけてお裁きをするのは面倒だから、腹を切れ腹を切れとせっつくのだ。おいおい、面倒で腹を切らされてたまるかよ。しかも、聞いて呆れるじゃあねえか。腹さえ切れば御家は残してやる、ときやがった。こうしてやるから腹を切れてえのは、商い腹だろう。それこそ武士道に悖るじゃねえか。だから俺ァ、三奉行の前で尻をまくってやった。切腹なんざ痛えからいやだ、ってな。それで話はとことん面倒になった。ざまあみやがれ。』
(亡夫の魂に見立てた蛍)『(亡夫が丹精した庭の)杉苔の上の蛍が舞い上がって、膝元の盆の縁に止まった。緑の光を尻に息づかせて、飛び去る気配はなかった。』宿の未亡人女将に亡夫の好物だった鰻を残す心遣いの玄蕃。
『その力強さはともすると、地べたに遣り場のない怒りをぶつけているようにも見えた。やはり僕と同様、思い出したくもないことどもが溢れてきたのかもしれなかった。草鞋のあしうらが、胸の底に埋めたはずの石を踏んだ。』
『僕は僕の苦悩の、いかに手前勝手であるかを知った。世間は苦にまみれている。』
『世の中、情理は裏と表でござんす。道理の通らぬ情に絆されてはなりやせん。情のねえ理屈を通してもなりやせん。』
懸賞首の大盗賊、幼馴染の飯盛り女、賞金稼ぎの浪人を、玄蕃、三方良しの人情裁き。
『御手先組同心が一躍出世を果たすなどありえぬ話だった。そんなことよりも、ささいなまちがいも犯さず、一代抱えの分限をどうにかわが子に申し送らねばならなかった。二百幾十年もの太平が続けば、武士が堕落するのは当然だ。わけても政とは無縁で、常日ごろから御城の御門番が務めの雑兵など、役人の数にも入るまい。だが、二百幾十年も同じ御役を世襲していれば、好むと好まざるとにかかわらず、ほかの道は考えようもなかった。』
『「忠」や「孝」の道徳によって仇討ち法を超えることを僕は否定しようとしたのだが、内蔵助はそうではなくて、おのれの行為は「義」の権威に拠ると言うのだ。武士があらゆる権力を握っている世の中では、大義なり正義なりが至上の徳目でなければならず、それに比べれば「忠」も「孝」も「狭い了簡」なのだった。』
『陽光は雲に隠れて、秋風の立つ午(ひる)下がりだった。時刻を読みたがえた蜩(ひぐらし)が、武家屋敷の木立に鳴き上がった。まるで僕らの無力さを嗤(あざわら)うかのように。』
七年もの間探し求めた居合の達人に挑む仇討ち。罪もなく法の名の下に磔の刑に処せられる、騙されて盗賊の手引きをしてしまった丁稚小僧。法の名の下の不条理な死刑と、無益と思える私刑としての仇討ち。玄蕃と奉行の感動の計らい。
『ふいに僕は「斬る」と「殺す」が同義であると知った。人の命を奪うことに変わりはあるまい。だが武士は決して「殺す」とは言わない。まるで「斬る」がどのような場合であれ正当な行為であるかのように。たぶん、武士だけが「斬る」ことを許されているのだろう・・・(仇討ちや助太刀のように)伝八郎が内蔵助を殺し、僕が伝八郎を殺す。そんな言い方は武士道にそぐわないが、「殺す」を「斬る」に言い換えたとたんたちまち、武士の道徳に敵う、勇ましくも正しい行いのように思えてしまう。もしも僕らの内には、殺人を勲しとする野蛮な気風がいまだに生きていて、武士道なるものの正体はそれなのではあるまいか。・・・敵討ちは果たされねばならぬという前提のもとに、御法ではなく仇討免許状なるものを権威として、ただひたすら敵を殺そうとしているのだ。だとすると、これは私刑ではないか。。。「敵討ち」という名の死刑を執行しようとしているだけではないのか。』
『(明け方)緩やかに湾(のた)れる曠野を行くうちに、天上の朱は退いて今し目覚めたような夏空が広がった。遥か行手に、退きそこねた天の朱を零したような空き地が見えた。』
仮病で宿村送りを続ける老婆。帰っても飢餓に苦しむ村に受け入れられるべくもない老婆。『なすて人はこんなにやさしいだすか。天下の御法を欺いて楽な旅ばかりするおらにまで、なすてこんなにやさしいだすか。』
『俺は怯懦ではありたくない。どんなときでも。いかに太平の世に生きようと、武士である限り、また男である限り、卑怯者であってはならぬ。腹を切らぬが怯懦か。そうではあるまい。義を見て為ざるは勇なきなり。人としてなさねばならぬ正しいことと知りながら、それを行わないのはすなわち、怯懦である。しからば、時と場合によっては腹を切るのも怯懦のうちであろうよ。御老中から御奉行衆まで、みな口を揃えて言うた。潔く腹を切れば青山の家は残してやる、とな。だが、おのれの信ずる正義を恥として腹を切るなど、それこそ怯懦であろう。まして命と引き換えに家を残そうなど、まるで商腹(あきないばら)ではないか。だから俺は答えた。「痛えからいやだ」と。身が痛いのではない。良心が痛む。俺は武士だからの。』
『いいかえ、乙さん。孔夫子の生きた昔には法がなかったのさ。礼ってのは、そうした結構な時代に、ひとりひとりがみずからを律した徳目のことだ。人間が堕落して礼が廃れたから、御法ができたんだぜ。』
『僕らが全能と信ずる法は、人間の堕落の所産に過ぎぬのです。・・・仁義礼智信。人がみな神に近かった清廉な時代には、法によって戒める必要などなかった。僕は今、現実と御法の狭間で思い悩んでいます。・・・今日でも「礼」は「法」の優位にあらねばならないはずです。』
『青山玄蕃は無法者にちがいないが、もしや無礼者ではないのではないか。』
『俺は武士が嫌いだったわけではない。武士道というわけのわからなぬ道徳を掲げ、家門を重んじ、対面を貴び、万民の生殺与奪を恣(ほしいまま)にする武士そのものに懐疑したのだ。』
『武士が命を懸くるは、戦場ばかりぞ。俺は倅にも家来どもにも、心からそう言うた。対馬の屋敷に討ち入れば、俺たちもみな糞になっちまうだろ。俺は俺のなすべきことを悟った。二百幾十年の間にでっち上げられた武士道をぶち壊し、偽りの権威で塗り固めた「家」を潰してやる。それは青山玄蕃にしかできぬ戦だった。大勇は怯なるが如く、大智は愚なるが如しという。ならば俺は、破廉恥漢でよい・・・われら武士はその存在自体が理不尽でであり、罪ですらあろうと思うたのだ。よってその理不尽と罪とを、背負って生きようと決めた。非道を暴くは簡単、ただ義に拠ればよい。まして敵の屋敷に討ち入るは簡単、その上腹切って死ぬれば、あっぱれ武士の誉れよとほめそやされるであろう。だが、それでは俺も糞になる。しからば、俺の選ぶ道はひとつしかない。武士という罪を、おのが身で償う。千年の武士の世のささやかな贖罪とする。青山玄蕃にしかできぬ決着はそれだ。』
『武士の本分とは何ぞや。考えるまでもあるまい。それは戦だ。大坂の陣が終わり徳川の天下が定まり、元和偃武(げんなえんぶ)が唱えられた折に、われら武士は変容せねばならなかった。しかるに、戦国の世を勝ち抜いて幕府を開かれた権現様も、その跡を襲られた大徳院(にだい)様も、そもそもは天下の政とは無縁の武将にあらせられた。よって太平の世は力ずくに保たれるものと信じておられた。そうして、政を担う武士の道徳は戦国のままに硬直した。御歴代様の遺徳を蒙って二百六十年もの間、戦をせずにすんだというに、今もこうして大小の二本差しを捨てられぬ。変容を忌避し、万事を先例に倣い続けた末、甚だ理屈にもあわぬ儀礼と慣習で身を鎧った、奇妙な武士が出来上がった。さような化け物は存在そのものが罪だ。たちの悪いことに、そうした武士は権威なのだ。御大名から足軽まで、貧富のちがいはあっても権威であることに変わりはない。そしてその身分は「家」によって保たれる。なにゆえに。それは血で血を洗う戦国の世には、信じられる者が血族ばかりであったからだ。われらを縛めている道徳ばかりでなく、こうした「家」の尊厳についても、戦国のまま硬直してしもうた。・・・武士である限り、家がある限り、この苦悩は続く。すなわち、武士はその存在自体が罪なのだ。大出対馬守は敵ではなく罪障であった。しからば俺は、憎む前に憐れまねばなるまい。同じ武士としてその罪障を背負い、武士道という幻想を否定し、青山の家を破却すると決めた。青山玄蕃の決着だ。』
『「おのれに近き者から目をかけるはあやまりぞ。武士ならば男ならば、おのれのことは二の次ぞ。まして大身の旗本ならば、妻子のこととて二の次ぞ。」僕は心打たれた。その気構えのあったればこそ、武士は権威なのだ。
『この人は破廉恥漢ではない。そうと見せておのが身を、千年の武士の世の贄(にえ)としたのだ。』
2021.01.06
本年もご愛顧のほど宜しくお願い申し上げます
あれもこれも担当の千葉です。
皆様明けましておめでとうございます。旧年中は格別のご厚情を賜り誠にありがたく、御礼申し上げます。本年も倍旧のご厚誼のほど、偏えにお願い申し上げます。
当社も今週恒例の三嶋大社での祈願をし、令和3年の仕事始めとなりました。
昨年暮からの新型コロナの感染激増の対策として、年始の祈願も例年にない対策がなされています。お祓いは本殿脇で先に済ませ、本殿に入ることのできる人数が制限され、白装束も使い捨ての簡易なものを用い、拝礼のみで玉串奉奠も割愛するといったものです。
少し寂しい感じもする一方で、工夫をしながら新しい暮らし方に対処して行こうという力強さとも映り、新年の陽光の中、勇気づけられる思いが致しました。
また昨年2月以来水を枯らした手水舎には、素敵なお華が活けられていました。不自由な中にも小さな楽しみを見つけ、生活に潤いをもたらそうとする素敵な心遣いに心が温まりました。
折からの一都三県への緊急事態宣言の発出など、新型コロナの勢いは新年早々圧倒的なものがありますが、三密や飛沫感染のリスクを徹底して避けるなど、慎重な行動に心掛けながら、不自由をバネにして力強く、明るく過ごして行きたいと存じます。
重ねて本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。
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ACCESS
2/14の家づくり勉強会の風景です。
ご参加いただき、ありがとうございました。
この勉強会で知識を蓄えていただき、後悔しない住まいづくりが出来れば幸いです。
また定員になってしまい、キャンセルを待っていただいた方にはホント申し訳ありませんでしたm(__)m
感染症対策の為、少人数の開催でしたが、
いつの日か大勢で勉強会が出来る日が来ることを祈るばかりです。
次回は4月下旬を予定しています。
まだご参加していない方は、次の機会にご検討くださいね。