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2015.09.16
ツバメが南に帰る頃
あれもこれも担当の千葉です。
分岐点というものは、進み向き合った時にああここだなと判るものよりも、過ぎて振り
返って初めてあああれが分かれ道だったのだと気づくことの方が多いような気がしま
す(私が鈍いのかも?)。ひと月前には、このまま猛暑が続いて地球が溶け出してしま
うのではないかと思っていましたが、今振り返ってみれば、三嶋大社の夏祭りの最終
日(8月17日)の篠突くような雨がその分岐点だったようで、この日から秋色が夏色に
勝るようになった気がします。
暦の上では来週は秋分、秋の最も深くなる時期で、その前の凡そ一週間は『玄鳥
(つばめ)去る』候と呼ばれます。春先に南から来た渡り鳥たちが帰るという、まさに
夏の終わりを象徴する時期ですね。庭の花も、すっかり秋の花になりました。
杜鵑草(ほととぎす)と水引草(みずひき)。ごちゃごちゃして手入れの悪さが目立って
しまいました(汗っ!)。
妻からはブルー・サルビア(サルビア・ファリナセア)と聞きましたが、図鑑を見ると
どうも、サルビア・グアラニチカのようです。まあ、どちらも『青いサルビア』に違いは
ないのですが。
春から秋が開花期とあるので、秋の花、とばかりは言えないのでしょうが、我が家の
ネコノヒゲ(クミスクチン、キャッツ・ウィスカー)は今が盛りです。上向きにピンと張って
まさに猫の髭に見える部分は、おしべ・めしべだそうです。
暑さも彼岸までと言います。これからはめっきり秋らしくなって行き、気温も下がって
行く時期です。どうぞ皆様お風邪など召さぬよう、ご自愛下さい。
2015.09.12
シリーズ・徒然読書録~『光の子供』と『九年前の祈り』
あれもこれも担当の千葉です。
読書は好きで、常時本を持ち歩く癖が付いてしまいましたが、読み方は極めて大雑把、
何かしらからだのどこかに蓄積されていれば良いという思いで、雑然と読み流します。
その意味で、読者の皆様には退屈でご迷惑かとも恐縮しつつ、ブログに読書録なる
ものを記してみるのは自分にとって有益かも知れないと思い、始めてみました。皆様
のご寛恕を請うところです。
徒然なるままに読み散らす本の中から気になった本、今回は2冊です。この2冊には
何の関連性もなく、ただ同じ頃に新聞の書評や広告に載ったために、同時期に読んだ
という脈絡の無さをどうぞご容赦下さい。
1冊目は、エリック・フォトリノ著、吉田洋之訳、『光の子供』(新潮クレスト・ブックス刊)。
著者は1960年生まれ、ル・モンド誌の元編集長で、この作はフェミナ賞の受賞作
でもあります。母親を知らない主人公のジルが、光の魔術師とも呼ばれ映画の撮影
技師だった亡き父の遺した沢山の女優たちのポートレイトを通して母親探しをする
物語。父親が死んだ日にリュクサンブールの映画館で出逢った、ジャルダン・
バガテールという香水を付けた既婚者マイリスとの恋愛が絡み合って行く。
父親は息を引き取る直前に、ジルが『映画のキス』から生まれたことを打ち明ける。
往年の映画を何作も何度も見ることで父と関係があった女優の母を探し求めるジル。
作中の主人公ジルが本書を書いているという重層構造。
どうしても探し当てられぬ母親の面影を恋人に重ね合わせてしまうジル。母探しを通
して本当は亡き父親を探し求めていたジル。
マイリスと離れてわかったことは、別れはいつも出逢いであるということ。
父親の残したポートレートからようやく母親かと思われる女性に辿り着くが、その
面影は、、、。
哀しき結末の、上品な悲恋の物語。往年のフランス映画がお好きな方には、ジャンヌ・
モローはじめ、きっと懐かしい役者たちが実名で随所に登場するのも楽しみではない
でしょうか。
2冊目は、小野正嗣著、『九年前の祈り』(講談社刊)。前回2014年下半期の芥川賞
受賞作です。
35歳バツイチのヒロイン安藤さなえの息子の名はケビン希敏。周りのものに無関心で
無表情、障害を抱えたケビンを連れて故郷に戻るさなえ。『まち』もずいぶん変貌して
いた。にぎわいの中心にあった五階建ての地元デパートはずいぶん前に民事再生法の
申請を行い、アーケード街に軒を連ねていた個人商店の多くが錆の目立つシャッターを
下ろしていた。
『発酵しつつあった恋に酩酊していた』
『朝の接近に漆黒の滑らかさを失いつつある夜』
『鳥は自由に飛翔するのがいちばんなのだ。自由に飛んでいいのに、それを邪魔する
ものは何もないのに、そして翼を広げて飛んでくれと懇願されてもいるのに、どうして
翼を折りたたんだままでいられるのか。お前が翼を折ったからだ。そう非難されている
ようで、さなえはちがう、そうじゃない、と否定する代わりに、息子の手をつかんだ。』
田舎からカナダへ研修旅行に行った九年前の記憶。ケビンをもうけることになった
カナダ人。『どこにも自分の居場所を見つけ出せず、なんとなく周囲に引け目を感じて
居心地が悪そうな人』との出会いの九年前の記憶。
九年前のカナダ旅行で知り合ったカナダ人と離婚し、外界を、母親である自分をも拒絶
したような幼児を抱えて戻った故郷も限界集落のような村。そんな行き詰まりだらけの
傷心のヒロインを癒して行くのは、村の自然と九年前の旅行に同行した純朴な故郷の
人々の記憶。
時折ヒロインの心中の葛藤が見せる白昼夢と現実と過去の記憶とが綯い交ぜになって
進む物語は、一種異様な味わいを醸し出します。これがこの小説の持ち味なのでしょう
が、好みの問題として残念ながら私には美味しく思えませんでした。白昼夢に対する現実
の卑近さがどうしてもザラザラした違和感を感じさせ、作為的な匂いの文体が心地良く
ありませんでしたが、皆様はどのように読まれるでしょうか。
2015.09.04
シリーズ・徒然読書録~『あの子が欲しい』と『ウサギはなぜ嘘を許せないのか?』
あれもこれも担当の千葉です。
読書は好きで、常時本を持ち歩く癖が付いてしまいましたが、読み方は極めて大雑把、
何かしらからだのどこかに蓄積されていれば良いという思いで、雑然と読み流します。
その意味で、読者の皆様には退屈でご迷惑かとも恐縮しつつ、ブログに読書録なる
ものを記してみるのは自分にとって有益かも知れないと思い、始めてみました。皆様
のご寛恕を請うところです。
徒然なるままに読み散らす本の中から気になった本、今回は2冊です。片や群像新人賞
作家の文学小説、片やビジネス寓話ですが、共通点とすると、企業や企業人、はたまた
一人の人間としての良心、コンプライアンスを取り扱っている点でしょうか。
1冊目は、朝比奈あすか著、『あの子が欲しい』(講談社刊)。
三十代半ばの転職組のヒロイン、川俣志帆子は、前年ネット掲示板でブラック企業の
ランキングトップになって採用ゼロだったIT企業の新卒採用プロジェクトのリーダーに
指名される。小説としてのクオリティには不満を感じましたが、社会問題になっている
就活がテーマで、窺い知ることのなかった現場情報を知り得たことと、女性らしい
心理描写が素敵でした。
『就活生の掲示板書き込みは採用側にも刃・・・皮膚の中から赤く剥け出て飛び散る
若く残酷な言葉たち・・・見過ぎるとネット脳になる、その手の見方しかできなくなる。』
『学生は皆、コピー&ペーストの操作に長けており、就活はマニュアル化されている。』
『「うちの噂を見張る子がひとり欲しいんだ。で、時々うまく軌道修正してもらうっていう」
「工作員ってことですか」「まあ、そんな感じ」「他者の批判はなるべくしないようにとも
言っておいて」「なるべく、だよ。絶対に、とは言ってないからね」』
『ネット上のコミュニケーションは元の信頼関係が希薄な分、ある意見を複数人が認めた
場合、もとの意見に対する信頼感の拡大率が大きい。不確定な情報があたかも事実と
化してゆくのを、これまで幾度となく見て来た。』
『やわ肌に鑢(やすり)をあて合うやり方でどこまで抉れるかを競うようなことをして、その
ばからしさに気づいていながら、気づいたら負けのように思っている。・・・ネット以前は、
人が人を思うさま侮辱したり批判する機会は今より少なかったんだと思う。』
『人の自尊心を大きく傷つけ人生を変えてしまうほどの就職活動。セクハラ面接、圧迫遺留、
不条理な拘束・・・他社がやっていることを読むと、青田買い交渉など、可愛いものに思えた。』
恋人とも上手く行かず、ネットの毒に蝕まれて、猫カフェの猫を誘拐することを想像する
ヒロイン。私の愚息も今年就職をしました。どのような経験をして来たかは殆ど話しません
が、心地良くない思いも沢山して来たのでしょうか。良い方向に昇華してこれからの社会人
生活に活かして欲しいものです。
『ゆっくり思い返して、息を吐いた。それからまた息を吸った時、自分が呼吸していることに
気づいた。呼吸に気づくと、吐くのも吸うのも少しだけ難しくなった。この虚しさは何なのか。
心に穴があいたようだ。そしてその穴は、ぽかんと空いた真っ白なものではなくて、その底に
どろどろと液状化した黒いものが波打つような、乱暴な抉れ方をしている。』
『誰も選びたくないし、誰からも選ばれたくない。』
リクルート・チームの仕事が成功を収めたあと、ヒロインが誘拐してまでも欲しいと思った
猫を譲り受けたが、その瞬間既に自分の欲しかった猫ではなくなっていた。
2冊目はマリアン・M・ジェニングス著『ウサギはなぜ嘘を許せないのか?』
(アスコム刊)。副題に、『後ろ指さされずに成功する新・ビジネス読本』と
あります。
主人公のエドには、母親のスピード違反に疑問を感じた時から、大ウサギの妖精の
アリがとり付く。アリは、アリストテレスをこよなく愛読し、ソローの言葉を引用し、道徳的
判断の段階的発達に関するコールバーグの理論に詳しく、正しくあることや道義心を
こよなく愛する妖精。『それじゃ正直じゃない、正しくない』とつぶやくアリのアドバイスを
受けてエドは学生時代にはカンニングや他人のレポートを使うことに異を唱え、社会人に
なっても友人のコンプライアンス違反に目をつぶれず、長く勤めを続けられない。が、最後
にはアリの助言を受けて起業、成功を収めるという寓話。
ビジネス書ということで、書評の余地もないので、ウサギのアリの七つの教えを列挙して
終わります。
1.ほかのみんながしていることによって、自分の倫理観をこしらえてはいけない。ほかの
人たちが正直で正しいことをしているとは限らないのだから。
2.正直で正しいことをした報酬は、受け取るまでに時間がかかる。
3.二者択一という難しい選択をすることによって倫理的な問題を考えてはいけない。
選択肢はきっと、ほかにもある。
4.短期間で手に入るものに惑わされないこと。短距離走者たちはいずれつまづく。彼らに
追い越されても自信をなくさないこと。
5.何も言わないことによって引き起こされる結果は、声を上げることによって引き起こ
される結果より、つねに深刻である。
6.正しいことをした場合の結果と間違ったことをした場合の結果を冷静に考え、正しい
ことをすることによってもたらされるチャンスを活かすこと。
7.心にみじんも重荷を感じることなくレースを終えることこそが、本当のゴールである。
寝ても覚めても嘘のことが頭から離れない、そんな状態でないことが、どれほど自由
かをよく考えること。
2015.08.28
処暑の候
あれもこれも担当の千葉です。
当社ホームページのニュース欄でお知らせ致しました通り、当社創業者であり、
相談役の鈴木菊三郎の葬儀を先週末に執り行いましたところ、大変多くの皆様
のご会葬を賜り、或いは大変暖かいお言葉を戴きました。心より感謝申し上げ
ますと共に、生前のひとかたならぬご厚誼に対しましても心より御礼申し上げます。
相談役の『繁栄のおてつだい』の理念をしっかりと受け継ぎ、社員一同、社業に
一層専心努力する所存ですので、宜しくご指導賜りますとともに、倍旧のご厚情を
賜りますよう、重ねてお願い申し上げます。
そんなことで8月を慌ただしく過ごしています間に、立秋が過ぎ、三嶋大社のお祭りが
過ぎ、処暑に入って一週間が経ってしまいました。さすがに先人の知恵の集積たる暦
は正確なものですね。猛暑日があれほど長く続いた頃は、25℃を下回らない熱帯夜
どころか、30℃を下回らないような寝苦しい夜に、いつまでもこの暑さが続くのでは
ないかと不安になりましたが、三嶋大社のお祭りの最終日の大雨をやり過ごすと、
一気に秋の気配がそこかしこに見られるようになって来ました。
蹲(つくばい)のホテイアオイの花は涼しくなる前に終わってしまいました。
白くても百日紅(さるすべり)は、まだまだ元気で名前のごとく長く花を楽しめますが、
秋の代名詞の秋桜(コスモス)がこんなに沢山。これからは、日一日と秋が深まって
行くのでしょうね。
そうそう、笑い話があります。
秋の気配が少しずつ強まるに連れて、蝉時雨が聞かれなくなって来ました。が、
梅雨入りの頃から私の耳の中に住み始めた蝉たちは一向に泣き止む事を知ら
ないのみか、盛夏を過ぎて鳴き声がこころもち大きくなったような気がします。
念のためにお医者様に検査して貰いました。突発性難聴やもっと難しい頭の病気
を心配した私に、きっぱりと
『病気ではありません。』とのありがたいお言葉。
『では、病気ではないとすると、一体何なのですか?』と尋ねると、更にきっぱりと
『加齢です。』
要するに、年をとって耳が遠くなり始めたのだそうです。ありがたいやら、情けない
やらの笑い話でした。
2015.08.18
伊豆の国市「Y様邸」
住宅チームの山入です。
お盆もすぎてようやく暑さも峠を越えたようですね。
今回は、ちょっと先の話ですが9月下旬から10月下旬までの間見学会場として
お借りする伊豆の国市の「Y様邸」の現状についてお知らせします。
外観です。まだ仮設トイレがあったり、外構工事もこれからですが
どんな風になるかこうご期待です。
LDの一画です。正面にはエコカラットが貼られています。
和室の一画です。思い出のある床脇の障子を組み込みました。
今後も進捗状況をお知らせしていきます。
常設的な見学会会場として、9月下旬から10月下旬までお借りする予定です。
見学会の日程等詳細につきましては順次ご案内しますので、皆様もぜひご来場ください。
2015.08.15
シリーズ・徒然読書録~藤原帰一著『戦争の条件』
あれもこれも担当の千葉です。
読書は好きで、常時本を持ち歩く癖が付いてしまいましたが、読み方は極めて大雑把、
何かしらからだのどこかに蓄積されていれば良いという思いで、雑然と読み流します。
その意味で、読者の皆様には退屈でご迷惑かとも恐縮しつつ、ブログに読書録なる
ものを記してみるのは自分にとっても有益かも知れないと思い、始めて見ました。皆様
のご寛恕を請うところです。
徒然なるままに読み散らす本の中から気に入った本、今回は藤原帰一著、『戦争の条件』
(集英社新書)。ブログでは如何なる政治的・宗教的な主張もしないのが私の信条ですので、
今回の読書録も、その手のものではないことをご承知おき下さい。
裏帯にもあるように、著者は、例えば『B国における軍備拡大が進み、A国の
優位を脅かすに至った。この力関係の変化によって、A国の同盟国、B国の
同盟国それぞれについて、同盟関係にどのような変化が生まれると予測できるか。』
といったように、先入観を排し、できる限り中立的に考えてみる努力を読者に
要求します。いわば、考える授業、自分の思考力を鍛える授業の形式を採っています。
それというのも、『教育問題と並んで、国際問題は素人の発言が専門家と横並び
にされる領域である。予備知識がなくても誰でも発言ができ、知識と経験に根ざした
分析と知識も経験もない妄言の区別ができない。(中略)言いたいことを言えばよく、
言ったことは言いっ放しになるわけだ。(中略)ここではまず「意見」とか「視点」が
あって、その「意見」に根拠を与えるような「現実」が選び出されてしまう。ほかの議論
を批判する際にも、分析としてそれが適切なのかを争うのではなく、その議論を立てた
人の「意見」をターゲットに定め、相手の偏見を暴くことができれば自分の「意見」が
正しいことにされてしまう。』との危惧すべき現状を考慮してのスタイルとなっているのです。
特に、次の言葉には、学問に臨む姿勢としてだけでなく、経営に臨む姿勢としても、
心せねばならぬものと、強く感銘を受けました。
『国際問題について行われる議論の多くは、白い鳥を集めて鳥は白いと言う人と、
黒い鳥を集めて鳥は黒いと言う人との間の争いに過ぎなかった。』
『戦争を否定する人は戦争の招く痛ましい犠牲を繰り返し語ることはあっても、戦争を
原理的に否定することで世界の暴力が放置される懸念には目をつぶってしまう。
軍事力の重要性を語る人は世界に残された残虐な暴力とそのもたらす脅威には目を
向けても、戦争に訴えることがその脅威よりもはるかに多くの暴力と災厄をもたらす
危険については、見て見ぬふりをしてしまう。白い鳥を選ぶ人は黒い鳥に目も向けず、
黒い鳥を選ぶ人は白い鳥を無視するのである。』
著者は多くの設問に対し、『リアリズム』と『リベラリズム』という二つの異なる立場から
考察を加えて行きますが、現実の歴史がどちらも唯一の正解手ではなかったことを
示しているように、必ずしも著者としての答えを提示することなく、読者に結論を委ね
宙ぶらりん状況に放置します。ナショナリズムの功と罪を示したり、民主化や民主主義
自体が戦争の危険を増幅することもあることを示して、出口の見えないような国際政治
のパラドックスに読者を放り込みます。
本著の題名の『戦争の条件』を考えるということは、同時に『平和の条件』を考えること
でもあります。 現実の外交や国際政治とは、まさに複雑に利害や価値観が対立し
絡まり合い、霧深いパラドックスに満ちた過酷な状況の中で、白い鳥も黒い鳥も視野に
入れた上で、一つひとつ責任と覚悟を以て選び取って行くものなのだと実感させて
戴きました。またふと、高校生の頃に読んだマックス・ウェーバーの『職業としての政治』を
連想しました。
読者に自分で考えることを要求するスタイルのこの著書の中で、著者の結論と思える
ような部分をいくつか抜粋してこの読書録を閉じようと思います。
『私は、リアリズムも、平和主義も、現代の国際政治における平和の条件を提示している
とは考えない。だが、国際法に基づいた武力行使が平和の条件を与えるとも考えない。
求められているのは、そのような観念のどれに頼ることもできない霧のなかで、できる
限り戦争に頼ることなく、暴力と不正を回避することである。それはいったい可能なのか。
その可能性を探ることが、平和の条件を考えることにほかならない。』
『私が確実に言うことができるのは、戦争に頼ることなく国際平和を維持する条件を探る
ことがもっとも重要であり、不要な戦争は絶対に避けなければいけないということだけだ。
もとよりこれは、戦争の否定ではない。必要なのは原理として軍事力を否定することでは
なく、軍事力による威嚇や武力行使に頼らなくても平和と人権保障をともに実現するため
にはどのような方法があるのかという点にあるからだ。』
『表題に選んだ「戦争の条件」には、戦争を避けるための条件と、それでも戦争に訴え
なければいけないときに満たすべき条件という二つの意味をこめている。暴力が国際
政治の現実であることは否定できない。暴力に頼ることなく戦争を回避することもきわめて
難しい。だが、その現実のなかには常に複数の選択が潜んでいることも見逃しては
ならない。ここで必要なのは、暴力の存在を諦めたり、まして武力行使を美化したりする
ことでもなく、また暴力と戦争の排除を訴えるなら世界も変わるという過剰な楽観に走る
ことでもない。ここで求められるのは暴力への依存を最小限に留めながら平和を実現する
方法を具体的な状況のなかで探ることであり、そこでは戦争の条件と平和の条件が裏表
のように重なりあうのである。』
2015.08.15
現場に展示中の子どもたちの絵 テーマは「夏休み」
法人チームの横山です。
三島市本町において店舗の改修工事を行っています。
場所は三島市本町交差点で千歳屋さんと三島プラザホテルさんの間にある
丸中家具百貨店さん(今は家具店はやっていません)です。
10月にはリニューアルオープンしますので楽しみにしてください。
人通りが多く、お店の前面がガラスになっているので、オーナーに許可をいただき、
子どもたちの描いた絵を展示中です。
オーナーもこの場所を子どもから大人まで気軽に集える場所にしたい、
子供の教育、お年寄りの居場所に強い想いをお持ちなのでお願いをしました。
当初は子どもたちの絵とお年寄りの書を展示するつもりでしたが、
健常の子と障がいを持つ子の絵の展示に変更しました。
描いてくれたのは中郷第一第二放課後児童クラブの1~3年生と
NPO法人エシカファームの子どもたちです。
お忙しい中、先生方にはご協力いただきありがとうございました。
中郷第一第二放課後児童クラブは中郷小学校の校庭西側に建っています。
多くの子どもたちが元気に遊んでいました。
NPO法人エシカファームは三島市梅名にあり、障がい児童放課後サポート、障がい幼児療育
の施設です。こちらも楽しく元気に活動していました。
エシカファームの風間理事長のアドバイスで、両方の子どもたちがひとつの大きな用紙に共同
で描きたかったのですが、諸事情で今回は別々の展示になっています。
テーマは「夏休み」です。
展示スペースの関係で、児童クラブの子どもたちの絵は一回り絵を縮小コピーし、
エシカファームの子どもたちの「スイミー」は頭と尻尾だけになってしまいました。
ごめんなさい。
説明とメイキングがまだ掲示されていませんが、
9月中旬まで展示していますので、ぜひご覧になってください。
今日から三島大社のお祭りですので、ご覧になるには良い機会かも。
2015.08.11
シリーズ・徒然読書録~林真理子著『RURIKO』
あれもこれも担当の千葉です。
読書は好きで、常時本を持ち歩く癖が付いてしまいましたが、読み方は極めて大雑把、
何かしらからだのどこかに蓄積されていれば良いという思いで、雑然と読み流します。
その意味で、読者の皆様には退屈でご迷惑かとも恐縮しつつ、ブログに読書録なる
ものを記してみるのは自分にとって有益かも知れないと思い、始めてみました。皆様
のご寛恕を請うところです。
徒然なるままに読み散らす本の中から今回取り上げるのは、林真理子著、『RURIKO』
(角川書店)。女優浅丘ルリ子の伝記小説です。
ちょうどこの7月に、日経新聞最終面の『私の履歴書』で浅丘ルリ子の連載が
ありました。とあるSNSでコメントしたところ、友人がこの本を紹介してくれました。
今から30年ほど前に大丸デパートの入り口で見掛けたことがあり、周囲に
オーラを放つような美しさだったのを覚えています。
『自分の言葉が心に向かってどれほど誠実なのか、普通の者でもわからなくなる。
ましてや自分たちは俳優なのだ。発した言葉が、かつて憶えていたセリフの切れ端
なのか、本当に今、心からでたものかわからなくなってしまう。そして旭に対する
今のこの恋心も、映画のあのシーンから続いているものではないかと信子(浅丘
ルリ子の本名)は思い一瞬ぞっとする。』
『カットという声で、信子の盛り上がっていたものはただちに切られる。映画というのは、
細かいワンシーンをつなげてつくられていく。どれだけの熱を各シーンで保ち、配分
するかが勝負どころだ。しかし熱を最高潮に高めた時、“カット”という声がかかることが
多い。だからいつも不満が残っていく。その不満が、うまく燃焼できない不満なのか、
役に対する不満なのか信子にはわからない。』
取材インタビューで窺い知れた浅丘ルリ子の女優としての感性か、はたまた林真理子の
作家としての優れた想像力の賜物か、いずれにしても女優としての複雑な心理を上手に
描写した優れた感性に、読み進みながら幾たびか感心しました。
浅丘ルリ子を中心に、石原裕次郎、小林旭、美空ひばり、石坂浩二たちとの恋愛や
交流に加えて、戦後の映画全盛期からテレビに浸食され衰退していく映画産業と
俳優たち、日活の盛衰、映画製作の裏舞台など、大衆文化史的な要素も楽しめ
ました。
(裕次郎との過酷なアフリカロケの際、生々しい奥底の感情が迸り出る。)
『唇を離した信子は小さく叫び続けた。今ここで言わなければ、自分は二度と告白
することはないに違いない。・・・信子が続ければ事態は別の方にいくかもしれない。
が、その時信子に残っていたかすかな矜持が、もうやめろと命じた。「わかっているわ。
ただ言いたかっただけだから気にしないで。」信子は星と裕次郎に背を向けて歩き出す。
もう二度とはそこには戻らないだろうと思った。』
(裕次郎が、映画製作で大失敗し巨額の借金を抱え込んだ時のこと)
『まき子(裕次郎の妻、北原三枝の本名)は借金を少しでも返すために、婚約指輪と
結婚指輪を除いて、宝石をすべて売り払ったという。この話を聞いた時、信子は初めて
裕次郎の妻に激しく嫉妬した。彼らがハワイへバカンスに出かけようと、豪邸の芝生の
上でくつろぐ姿を見ようと、一度も羨んだことはない。けれども今度は違った。苦難の
時に夫のためにすべてを投げ出そうとする妻は、甘美な喜びに充ちているに違いない。
信子は指輪もなく、化粧っ気もないまき子を思い、どんなに美しいだろうかと妬ましく
なった。』
2015.08.07
桃
営業部法人チームの大川です。
7月末の日曜日、山梨に行って桃を買って来ました。
一ヶ所目は、新府共選場です。売り出しは9時からですが、
8時についた時点で100人近くの行列です。
去年はこの半分くらいでしたが、毎年増えているみたいです。
9時には、私の後ろにも同じくらい並んでいました。
ここの桃は、出荷しないはねだし桃です。
黄色いコンテナ1つに28個くらい入っていて、1500円です。
先頭の方は慣れているので、椅子を持ち込み待っています。
いつもは1人1箱でしたが、今日ははねだしの桃が多く、希望の
数を買うことできました。
写真は無いのですが、この後二ヶ所目に松里共選場に行きました。
こちらははねだし桃ではなく、出荷できない完熟桃です。
1人2箱までで、大きさによって金額が違います。
20個入りが1500円、18個入りと16個入りの2種類が1800円でした。
去年より値上がりしたみたいです。
帰りの車の中は、甘い桃の香りでいっぱいでした。
2015.08.06
続・現場巡回の楽しみ
あれもこれも担当の千葉です。
先日現場巡回に出掛けたのは、山梨県笛吹市(石和)の通称温泉通りにある
旅館さんでした。
入ってすぐの回廊となっている中庭にはこんな素敵な苔の蹲(つくばい)が
あります!
そんな素敵な旅館さんに、今回はお風呂と露天風呂を増築させて戴きました。
現場巡回の帰途、先月に続いて同じ農園に寄って、美味しい桃を求めて来ました。
今回はとても変わった桃なんです。
四つの桃のうち、中央奥が比較のために置いてみた通常のもの、他の三つは
黄桃ではないのに皮も実も黄色いのです!左奥は皮をむいた状態です。
こちらが更に実を切った様子。中まで黄色です。
御坂の農園で偶然に見つかった突然変異種で、白桃の仲間でありながら
黄色い変わり種。その名も『黄美娘(きみこ)』。お味は通常の桃の味に、わずかに
南国の果物の味が混じったようで、とっても甘く美味。現場巡回のお楽しみの続編
でした。
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ACCESS
分岐点というものは、進み向き合った時にああここだなと判るものよりも、過ぎて振り
返って初めてあああれが分かれ道だったのだと気づくことの方が多いような気がしま
す(私が鈍いのかも?)。ひと月前には、このまま猛暑が続いて地球が溶け出してしま
うのではないかと思っていましたが、今振り返ってみれば、三嶋大社の夏祭りの最終
日(8月17日)の篠突くような雨がその分岐点だったようで、この日から秋色が夏色に
勝るようになった気がします。
暦の上では来週は秋分、秋の最も深くなる時期で、その前の凡そ一週間は『玄鳥
(つばめ)去る』候と呼ばれます。春先に南から来た渡り鳥たちが帰るという、まさに
夏の終わりを象徴する時期ですね。庭の花も、すっかり秋の花になりました。
杜鵑草(ほととぎす)と水引草(みずひき)。ごちゃごちゃして手入れの悪さが目立って
しまいました(汗っ!)。
妻からはブルー・サルビア(サルビア・ファリナセア)と聞きましたが、図鑑を見ると
どうも、サルビア・グアラニチカのようです。まあ、どちらも『青いサルビア』に違いは
ないのですが。
春から秋が開花期とあるので、秋の花、とばかりは言えないのでしょうが、我が家の
ネコノヒゲ(クミスクチン、キャッツ・ウィスカー)は今が盛りです。上向きにピンと張って
まさに猫の髭に見える部分は、おしべ・めしべだそうです。
暑さも彼岸までと言います。これからはめっきり秋らしくなって行き、気温も下がって
行く時期です。どうぞ皆様お風邪など召さぬよう、ご自愛下さい。